夏の雨、夜、傘をさした女性

 今日は、あるセミナーに参加。講師は、元駐日大使で、日英・日欧関係や日本経済についてのご所見等を伺った。中身については、勝手に発表してはいけないルールなので、ここには書きませんが、質疑応答タイムに、とても気になることがあったので、書いてみる。

長く欧州でビジネスをされている、素晴らしい大先輩である日本人の方が「最近の日本の若者が海外で働くことに消極的だと言われているが、どうしたらよいのだろうか。」という趣旨の質問をされた。

確かに、最近のマスコミ報道などでも、「最近の若者は、内向き。もっと海外に出よ」の大合唱だ。
ただ、私は、こういう論調にやや違和感を感じている。

もちろん、私は、自分自身が海外で学び、海外で働く機会を得たことを、この上なく幸せな経験だと思っているし、特に、若い頃に海外で色んな刺激を受けることは物凄く大切なことだと思っている。だから、身近に迷っている人がいたりすれば、迷わず背中を押しますよ。

でも、今の若者が昔ほど海外に出ないのは、果たして、若者が悪いのだろうか。

先ず、私が若い頃、欧米というのは、眩い憧れの土地でした。特に、アメリカは、まさにパックスアメリカーナ、自信に溢れたまぶしい国でした。なんとかキャッチアップしたいと必死で背中を追いかけたのが我々の世代です。

でも、今の若者が子供の頃に知るアメリカは、日本との経済戦争でヒステリックに騒いだアメリカや、
底なしのテロとの高いに疲れ果てようとするアメリカであったりもするわけで、何はともあれアメリカだ、という意識はあまりないのではないだろうか。まず。前提が違うと思う。

それから、確かに、我々の世界は海外には出たが、中には、好景気に押された社費留学・トレーニーのようなものも多かった。私自身もそういう経験があるので、天に唾することになるが、意を決して海外に飛び立ったというよりも、お膳立てがあって出た人の方が多かったのではないだろうか。そもそも、海外で学んだ人が、その素晴らしい経験・知識を滲ませて自信に溢れた生き方をしていれば、言われなくても、周りにいる人間(若者)は、自分もそう在りたいと思うのではないだろうか。更に言えば、日本経済の閉塞感を生み出したのは、若者ではなく我々だ。

そういう立場の人が、上から目線で、若者を内向きと非難し、裸で飛び込めというのは、ちょっといかがなものかと感じてしまうのだ。

若者がチャレンジしないようになったとすれば、それは大人がチャレンジすることを評価しない社会を作ってしまったからなのではないだろうか。野球やサッカーでは、若者がどんどん海外に飛び出していますね。彼らは、より高いレベルを求めてチャレンジし、そして、また、そこでの経験が日本に戻ってからも高く評価されます。チャレンジすることが評価される世界であれば、もっとチャレンジするのです。私はそう思う。

でも、その上で、敢えて言います。若者よ、日本を出て世界を知ろう。そして、チャレンジしよう(おじさん・おばさんもね)。

写真:Héctor García

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