人種差別:人種的偏見によって、ある人種を社会的に差別すること。また、人種間には本質的な優劣の差異があるとする見解に基づく態度や政策をレイシズムと言う。

私はフランスで暮らして5年になるが、幸いなことに差別的な待遇を受けたことはこれまで一度もない。フランス語を話せなくて「ちゃんとフランス語を覚えろ!」と言われたことはあるが、”日本人だから”、”アジア人だから”と言った理由で、特別嫌な思いをしたことはない。

だから、「私はこんな人種差別を受けた!」という人は本人の異常なまでの被害者意識に起因する場合が多いのではないかと疑っていた。差別されたと大げさに訴える人の話を実際に聞いてみると、それは単に本人が、知らない間に現地の人からすれば無礼きわまりない行動を繰り返していたり(ものを頼むのにシルブプレが言えないとか)、単なる勘違いだったりすることも多い。

そこで世界の人種差別の現状を知るべく、海外サイトを調べてみた。すると、いくつか衝撃的なビデオを目にしたのでここで紹介したいと思う。

※読者を不快な気持ちにさせてしまうことを予めお詫び申し上げます。

 

 2011年、ロンドンのトラムで撮影されたビデオ。小さな息子を膝に抱えた34歳のこの女性は、トラムのなかの乗客一人一人に「どこから来た?」と出身地を訊ね、イギリス人でない人はトラムから降りろと迫った。周りの乗客が「電車の中では静かにしろ」と注意しても、「黙れ!自分の生まれたところへ帰れ!」、「ここは私の英国だ!」と言い張っている。

 この動画はYOUTUBEで公開され、世界中の人に大きなショックを与えた。もちろん、イギリス人は人種差別主義だというわけではなく、この女性の行動はイギリス国内でも大きな問題となり、この女性はのちに逮捕されることになった。

 このような行動はオーストラリアでも問題になっている。これはオーストラリア旅行に来たアジア人夫婦に対し、罵声を浴びせる男性の動画である。この男性は突然アジア人カップルに対し”Do you fucking speak English… why did you come to Australia?!”「お前に英語が話せるのか?何でオーストラリアに来たんだ?」とつっかかったそうだ。

  乗客の中の一人が男性の代わりにアジア人夫婦に謝罪し、場を静めようとしたが、それでも男性の罵声は止まらず、”Japanese cunts”「日本人のクソ野郎」, “fucking bastards”「死ねクソッタレ」 and “get out of this country”「この国から出ていけ!」と続けている。しかし、このニュース番組で問題にされていたのは、この男性の行動ではなく、むしろ周りの乗客の反応であった。

もちろん、ロンドンのトラムに乗った女性やこの男性の行動はおかしい。しかし、このように大きな声で堂々と人種差別的な発言をする人はごくごく少数派で、どちらの動画の人も酔っぱらっていたと報告されている。逮捕されたこの2人よりも、より深刻なのは「それをただ見ていた人」のほうである。オーストラリアの場合、乗客の中の誰もこのアジア人夫婦を庇おうとはせず、誰もが見て見ぬふりで関わりたくないという態度をとったそうだ。なかにはクスクス笑っていた人もいたそうだ。

まともな大人は人種差別を態度に示すことがジェントルではない、知的には見えない、恥ずかしい、ということを知っているから露骨に見せるようなことはない。言い換えれば、どの人種の人間も心のうちでは何を考えているかはわからないということだ。自分は「人種差別なんてしない」と自負している人でも、深層心理の中で違う人種を差別していることもある。

ここにそんな人間の心理を表した実験のビデオがある。

 

  これはニューヨークで行われた実験で、目の前で人種差別を受けている人に対してどう行動するかを調べたものである。仕掛け人はお客さん役の黒人女性と、店員役の白人女性、ガードマンの白人男性である。お客さん役の黒人女性が高級ブティックに入るが、店員役の女性が「すみません、あなたのような人はうちの商品を買うような金銭的な余裕がないはずです。」、「あなたのようなタイプの人間はこのお店に来て万引きして行くんです。お帰り下さい。」「念のためにボディーチェックをさせてください。」と言う。その時に、その場にいた人がどのようなリアクションをとるかを実験したものだ。

残念ながらほとんどの人が見て見ぬふりをした。この実験を目撃したのは100人ほどだが、間に入って黒人女性をかばった人は20人ほどに過ぎず、なかには店員役の女性と一緒になって、黒人女性を悪くいう人もいるほどであった(2:50)。

しかし幸いにもすべての人が無視するというわけではない。3:50あたりに登場してくる女性は人種差別的な発言を繰り返す女性店員の話にショックを受けて泣いてしまった。のちに番組の男性が「これは単なる実験でした」と伝えると、この女性は「これが実際にあなたに起こったことじゃなくて本当に良かった」と言って被害者役の女性にハグをしている。

また、5:10あたりに出てくる男性は被害者役の女性の代わりに「何でそんなことを言うんだ!恥ずかしくないのか?」、「彼女に謝りなさい」と言って本気で怒っている。さらに6:30に出てくる女性客2人は「彼女は何も悪いことしていない!私のほうがよっぽど普段着っぽいわよ。」と言い、被害者役の女性と一緒に店を出ると言い出した。すると彼女につられるように、その場にいて不快な思いをしたお客さんも全員お店から出ていった。

ここに人種差別をなくすヒントが隠されていると思う。このビデオで思わず泣き出してしまった女性も怒って店を出た男性も、一緒に店を出ようと言った女性も、みんな自分を被害者女性の立場に置き換えて考えることのできる人たちだ。だから悲しくなって泣いてしまったり、悔しくて怒り出したり、不快感でその場を離れようとしたのだ。

悲しいことに、人種差別を目の当たりにしても自分が”優位な位置”に区別された場合、ほとんどの人が見て見ぬふりをする。目の前で傷ついて泣いている人がいても、「私には関係のないこと」だと思う。これは子どもがするいじめとなんら変わりがない。

人種差別をする人ももちろん問題だが、それを無視して関わり合わないように努める人間もまた罪である。そしてこうして語っている私自身もこの実験のビデオを見ると「なんて酷いことをするんだ!」と憤慨したが、実際にあの場にいて何かを言えるかと問われると、正直なところ自信がない。

他人の痛みを自分の痛みとして感じる心。

 人間は誰でも同じであると心の底から思うこと。

これは言葉でいうほど簡単なことではない。だからこそ、勇気をもって行動できたビデオの人たちの心は美しいのだと思う。

あなたはこれらの人種差別についてどう思いますか?

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3 コメント

  1. 理論上、物事の区別が出来ていれば差別は無くなるはずなのです。
    僕は自由主義なので、国家や人種、民族よりも人間、個人を重んじるので人種差別というものは理解出来ませんが、正直、愛国主義者や民族主義者というのはどこにもいるものだと思っています、それを振りかざして排斥行為をする事が、問題なのではないでしょうか?
    罪の無い人間を無差別に攻撃することは差別でしかなく、それが例え人殺しの子供だとしても、決して迫害される理由はありません。確かに直接の被害者は嫌が応でも嫌悪意識は生まれてしまうかもしれませんが、しかし、個人の前には関係無いのです。

    白人至上主義者は、黒人を差別しますが、僕はなぜ「白いから上」なのか全くわかりません、色に上下や優劣なんて無いですからね。中には黒人の犯罪性を主張して、差別を正当化する白人もいるようですが、それで差別をするのは倫理性を無視した暴論だと思うのです。僕にも治安の良くない国の友人がいますが、それで彼をどう思うとか、どう印象されるとかはありません、生い立ちや環境なんて付録であり、最終的にその人間がどういう人なのか、が重要だと思います。
    それは歴史にはいろいろありますが、差別を無くすには、そういう風潮と秩序、物事の区別をつける必要があるんじゃないでしょうか。

  2. この世には、人種差別はたくさんあります。

    でも西洋から見ると、日本の人種差別のレベルは比較的に高いです。

    日本人は直接に外国人を攻めるわけではなくても、外国人にとって日本は成功しにくい国です。

    外国人は決して日本に100%受け入れられないということです。いろんな実例があります。

  3.  今日、不快極まりない差別発言を目にし、これほど腹立たしい思いになったのは久々でしたので、ネットからこのサイトにたどりつき、コメントさせていただくことにしました。
     今朝、私が通勤のために乗ったバスに、同じ停留所から黒人女性と6歳くらいの彼女のお嬢ちゃんが乗りました。最後部座席に彼女たちが座ると、隣に座っていたオバサンが甲高い声で「まあ、大きなお尻、あなた、なぜここに座るの?」、「日本はアフリカに古いバスをあげている」云々と話し始めました。言いがかりは数分に及びましたが、付近に座った人はみな何も言わずにいました。(そのオバサンはおそらく心に病気がおありなのだろうということも想像がつき、黒人女性は涙目になりながら沈黙を守っていたからだと思います。)
     私は怒りをこらえながら様子を伺っていましたが、自分の母親が見知らぬ人にいわれなく罵倒されているのを目の当たりにしているお嬢ちゃんの気持ちに思いが至り、駅が目の前に近づいたところでオバサンの前に進み出て、「あなたは重大な差別発言をしている、日本人として恥ずかしくないのか。彼女に謝りなさい。さもなくば警察に行きましょう」といった趣旨のことを言いました。
     結局オバサンは下車せず、彼女らともに駅で降りた際、「Sorry」と声をかけることしかできませんでした。母子がどれほど車内で傷ついたか、怒りを我慢したかは計りしれません。
     地域住民がが毎日同じ時間帯で使う通勤通学バスの中でのできごとです。また同じようなことがあったらどうしよう、私はそのオバサンに暴力は振るわずに、何とかバスからつまみ出すか、交番に連れて行きたいと思っています。しかし、同じ時間帯にそのバスにはもう母子は乗って来ないような気もします。二度とあのような思いはしたくないと思いますから。
     差別発言の場面に居合わせたとき、自分は(合法的に)何ができるのかもうすこし考えたいと思います。コメントをいただければ幸いです。