海外で働く人、結婚する人、子育てする人、学ぶ人にはそれぞれいろんなドラマがある!海外で頑張る人のドラマを「これから海外に行こう」と考えている人に伝えたいと思い、海外在住者にインタビューしていきます。第7回目の今回は海外在住者の誰もが直面する「海外生活の孤独とストレス」をテーマに、インドネシア・バリ島にお住まいのKIKOさんにお話を伺いました。開発途上国インドネシアで感じたストレスや孤独感を彼女はどう乗り越えたのでしょうか。

 

― バリ島生活も3年目というKIKOさんですが、バリ島で生活するようになったきっかけは何でしたか。

【海外生活者インタビュー第7回】「私はこうやって海外生活のストレスを解消しました」KIKOさん
インタビューに答えてくれたKIKOさん

KIKO: 実を言うと、最初はバリ島やインドネシアの正確な位置さえも知らなかったんです。(笑) そんな私がバリ島に行くことになったのは、日本で仲良くなったインドネシア人の友人の元を訪ねてみようと思ったのがきっかけでした。

初めてバリ島に来たときの印象は肌に絡みつくようなねっとりとした空気に色んな言葉が飛び交う環境、定価はあってないようなもので交渉ありきの世界、目が合えば誰でも笑ってくれるインドネシア人の気質と親しみやすい雰囲気。初めて来たにも関わらずなんとも言えない心地良さを感じたんです。

観光らしい観光はほとんどしませんでしたが、先進国ではありえない生活やアナログだけど気分が上がる南国ムード、そして大好きなビーチにいつでも行ける常夏のパラダイスに魅せられ、私はすっかりバリ島にハマりました。
気が付くと東京とバリ島を2年間で7回往復する生活になっていたので、それならいっそのことバリ島で生活してみようと思い、私のバリ島生活が始まりました。

― インドネシアと日本とでは生活習慣も文化も大きく違うと思いますが、「これはビックリした!ついていけない!」と思った出来事はありますか。

KIKO: これは本当に色々ありますが、インドネシアと日本で大きく違うのは個人情報についての概念じゃないでしょうか。日本では「個人情報」についてとにかくうるさく言われますが、インドネシアでは「個人情報」や「プライバシー」はありません。
年齢・住所・電話番号・職業・収入・両親や兄弟の年齢、職業・未婚既婚の有無・子供の数なんかは初対面で聞かれることは普通です。さらに30歳を過ぎて子供がいないのは信じられないといった感じで、子供がいない理由や作る予定までも聞かれます。
やはり開発途上国というのはまだまだ村社会の考え方が深く根付いていて、人の行く末や言動がとにかく気になるんですよね。「田舎の人」と言ってしまえばそれで終わりですが、仲がいいわけでもないのにプライベートなことをあれこれ聞かれるなんてあり得ないと思いましたね。

【海外生活者インタビュー第7回】「私はこれで海外生活のストレスを解消しました」KIKOさんKIKO: また、日本では割り勘が一般的ですが、インドネシアではお金を持っている人が払うのが基本です。5人分、10人分払うことだってあるんですよ。親族同士でも金銭の助け合いは普通ですし、お金がある人がない人を助けるのは当たり前という考えが根付いています。バリ島に来たばかりの頃に友人とビーチで飲んでいたことがありますが、友人が友人を呼び、それこそ10人くらいになったことがあったんですね。この時は私だけ多めにお金を請求され、理由を聞くと、「ここでは割り勘はなくて誰かが払ったら次は誰かが払う、そうして助け合っていくんだ。KIKOだって今までタダで飲んだこともあるだろ」と言われてビックリしたことがあります。もらったっていっても1杯くらいなのに、どうして知らない人の分まで10人分も払わないといけないんですか!(笑)この時は正直、インドネシアにはついていけないと思いました。

― それだけの違いがあると現地に適応するのも難しそうですね。慣れないバリ島生活のストレスで苦しかった当時の心情を教えてくれますか。

KIKO: 私はインドネシアに移住する前から何度も訪問していたこともあり、幸運なことに移住したときには既に多くの友人がいました。しかし、実際住んでみると大きな違和感を感じるようになったんです。
友人たちは私を気遣って頻繁に誘ってくれましたが、会うたびに繰り返される同じ質問やまるで警察の取調べのように寝掘り葉掘り個人的なことを聞かれるのが本当に苦痛でした。インドネシア人は噂話やゴシップが大好きで、自分以外の他人の性格や交友関係についての噂話もよく耳にしていたのですが、これも不快でたまりませんでした。バリ人以外の友人もいましたが、彼らはすでにバリ島での生活を切り開いていたので、変なジェラシーを感じてしまって…。妬むばかりで何もできない自分が嫌になり、ひきこもって泣いたこともあります(笑)。

またインドネシアは開発途上国で暖かい気候のせいもあってか、人も物事も何もかもがとても大らか。もっと言うなら「適当」なんです。

買ったばかりのものが最初から壊れていたり、レジで並んでいても店員が電話を止めなかったり、明らかに営業時間中なのに面倒くさくてお店を閉めてしまったり…。2人もいれば十分なお店や受付に7~8人いてみんなおしゃべりをして仕事をしないなんてこともざらにあります。こんなときに彼らが決まって言うのは「Tidak apa apa」。これは英語でいうNo problemに該当する言葉ですが、「なんとかしよう」という気持ちが全くなく、向上心のかけらもない国民性と社会が本当にストレスになっていました。

― 海外生活で感じた違和感や新しい人間関係に疲れてしまったと語るKIKOさん。そのような状態をどのようにして変えていったのでしょうか。

パーティに明け暮れたいた頃
パーティに明け暮れたいた頃

KIKO: 当時の私は自分でも信じられないほど短気で神経過敏になり、優しくしてくれている友人の発言さえも歪んでとらえていたりしました。そんな現実から逃げるようにしてパーティーに明け暮れ、そして朝にになって昨日の10倍くらいの憂鬱感と孤独感が襲ってきて…そしてそれから逃れるためにまたパーティー、面白くない話に無理やり笑って、合わない人に必死に合わせて、自分はここの生活を楽しんでいるんだと必死に言い聞かせていたように思います。
こんな毎日に疲れてきた頃、「私は何のためにバリ島に来たんだろう」という想いがどんどん強くなってきて、なんとかしたい、どうにかして変えたいとネットで立ち直るきっかけを探し始めたんですね。
そんな経緯で出会ったのが海外生活の孤独とストレス、うつな気分を今すぐふきとばす6つの方法という記事です。
最初にこの記事を読んだときは「別にフツーのことじゃん」(ゴメンナサイ!)と思って軽く流していましたが、【おわりに】に添えられた「私でよければ話を聞きます」の言葉が引っかかり、次の日もまた同じページを見てみたんです。何回も何回も読んでいるうちに、今の辛い状況は自分で作り出していたと気付くことができたんですね。次第に心から「言い訳は止めよう、自分が幸せになるためには自分の力しかないんだ」と思うようになりました
そこから数ヶ月は変わろうという努力を続けていただけで、実際には大して変わっていなかったのかもしれません。しかし自分の力で何とかしようとしたことで生活スタイルや考え方が大きく変わり、一年数ヶ月たった今ではやっと心からバリ島での生活を楽しむことができるようになりました。

また自分の考えが変わってきたことで、インドネシアの国民性や社会に対しても寛容な心で受け止めることができるようになってきました。
最初は「なんでここはこうなんだろう」という思いでいっぱいでしたが、よく考えてみれば先進国のような技術や社会が絶対にいいとは必ずしも言うことはできないという風に感じるようになりました。
例えば日本では「もっと、もっと」でサービスが過剰になり、お金を払えばほとんどのことは手に入る社会ですが、反対に人間関係が希薄になりつつあるように思います。笑顔が消え、「あるがままに生きる」人間らしさを失いつつあるのではないでしょうか。開発途上国であるインドネシアから見ると、日本人は進化しすぎた故の代償を払っているのではないかと感じることもあります。
先進国に生まれた私にとってインドネシアでの生活は、はっきり言って不便そのもの。しかし、コンビニがないから生きていけないというわけでもなく、便利グッズがなければ自分で作って工夫すればいいだけの話なんですよね。こう考えると最初は不便だと感じていたことも普通になり、生活をよりよくする工夫や何もないところから面白いことを探す能力が長けてきたように思います(笑)。

―  マダムリリーの読者にも海外で暮らしていて、孤独や不安を抱えている人がいます。そういった人に、KIKOさんご自分の経験も踏まえてどのようにアドバイスしますか。メッセージをどうぞ。

【海外生活者インタビュー第7回】「私はこれで海外生活のストレスを解消しました」KIKOさん

KIKO: 日本にいる家族や友人に電話して“海外生活のさみしさ”を訴えることはやめた方がいいと思います。私は日本を発つときにあんなに引き止めてくれた親友たちに電話をし、長々とメールをし、私はこんなに辛いんだよと必死にアピールしました。
だめだと分かっていても気持ちの通じ合っている日本の友人に連絡を取って愚痴ることを止めることができなかったし、思うように進まない生活に苛立ってバリ島に来たことは間違いだったなんて思ったこともあります。
しかし、最終的には自分には「自分」しかいません。いくら日本の友人にすがったとしてもパソコンを閉じてしまえばまたいつもの辛い日常が待っています。
誰だって同じ時間を過ごすのであれば、辛い思いをするよりも笑って楽しく過ごしたいですよね?そのためには自分の価値観や考え方を柔軟にすることが重要だと思っています。物事を色んな角度から見れるように努めてみてはどうでしょうか。
物事には色々な面があり、人も十人十色です。どんなに嫌な人であっても必ずいい面を持っているように、「嫌だ」とか「好きじゃない」というのは自分が感じるただの一片であり、違う方向から見れば必ずいい面があるんですよね。

KIKO: 例えば私はバリ島の某日系企業で働いていたときに、インドネシア人の同僚に携帯電話を盗まれたことがあります。お昼の時間でみんなで輪になって食べていて、トイレに立ったほんの1分程度のときに起こった出来事です。当時は毎日一緒に過ごしている仲間から盗まれたことに大きなショックを受けて、人に対し猜疑心でいっぱいになりましたが、今ではいい勉強になったと心から感じています。この事実は悲しいことでしたが、私の生命を脅かされたわけではないし、財布やパスポートを盗られたわけでもない。それに自分がいかに甘い考えで日常を過ごしていたかを知るいい機会になってくれたと思っています。この出来事によって更に警戒心が強くなりましたし、今まで大きなトラブルに遭遇していないのもこの時にバリ島での生活を見直したことが功を成していると思います。どんなに辛いことがあっても、全ては自分の未来につながっているんです。
またあんなにストレスだらけだった私がここまで変わることができたのは「絶対に変わってみせる」という想いを持ち続けたことと、すぐに結果が出なくても諦めなかったからだと思っています。
「変わる」ということは簡単なことではありません。ですから、楽しく笑って過ごせるようになるまで焦らずに、そして毎日努力を続けていくことが一番重要だと思います。これは登山と同じで、見上げてみると頂上はとんでもなく遠いように見えますが、一歩一歩歩くことで確実に地上を離れ、頂上に向かって近づいているわけですから。

KIKO: それと「私は私、自分らしく生きる」といういう考えを貫いたことも結果として良かったと実感しています。
郷に入ったら郷に従えという言葉がありますが、私は必ずしもそこの国の文化や風潮を全て受け入れなければいけないとは考えていません。もちろん受け入れないと生きていけないこともありますが、自分らしさを失ってまでそこの国の色に染まる必要はないと思っています。
私の場合はインドネシアやバリ島の風潮、習慣に対してどうしても受け入れられないものもたくさんあったので、最初は本当に苦労しました。前述したお金の助け合いのこともそうですし、いきなり知らない人がドヤドヤと自宅に押しかけてきて勝手に自分のベッドでくつろがれていることも本当に嫌だったんですね。
最初は友達を作りたいという気持ちやこの土地に慣れなければという思いから我慢をしていましたが、「どうしてこんなに我慢してまでバリ島で生きていかないといけないんだ!」と爆発してしまったんです(笑)
それからは付き合う人を選び受け入れられない風潮や文化は相手にきちんと説明して、自分の気持ちをはっきりと伝えるようにしています。最初は失礼にあたるかと心配していましたが、インドネシア人であれバリ人であれ、私の友人は私個人の考えを尊重してくれて無理な注文を押し付けられることはありませんでした。自分を貫くことで友達が減ってしまうんじゃないか、バリ島での生活が難しくなるんじゃないかと不安でしたが、実際には自分に合った友人と出会うことができ、大切な友達との仲が深まり、みんなに助けられてより価値のある生活を手に入れることができたんです。

 

「このサイトのおかげで海外生活のストレスから立ち直れました!」とメールをくれたKIKOさん。彼女の言葉からは「楽しく前向きに生きよう」という強い意思が伝わってくる。私自身、共感することが多く、励まされ、反省し、勇気づけられる形となった。
慣れない海外生活には孤独感やストレスがつきものだが、海外で頑張る日本人の一人一人が心から笑って暮らせる日々を送れますように…。

KIKO(きこ)

1981年日本生まれ。日本でのインドネシア人との交流をきっかけにインドネシアに興味をもち、バリが大好きで通うこと数回。2011年には移住を果たす。先進国と開発途上国とのギャップに困惑しながらも、「人生に愛と笑いとハッピーを」をモットーに、ローカルな生活を楽しみつつ世界各国の人達と触れ合う生活を送る。そんなKIKOさんのバリ島ライフを綴ったブログ『Relaxing days in Bali』には在住者にしかわからない赤裸々な情報が満載。

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