外国人から見ると日本人は”謝りすぎ”の人種らしい。なるほど確かに海外で生活してみると、日本人が外国人と比べていかに多く「すみません」を口にしているかがわかる。謝ることが日常となっている日本人からすると、すぐに謝らない外国人に対してイラッとすることも少なくない。

筆者もフランスに暮らして4年になるが、何が何でも謝らないフランス人に今まで何度もイラッとしたことがある。例えばビザの更新時。必要書類を全て提出したにも関わらず「書類が足りない」と言われ、1つの手続きに最低3時間は待たなくてはならない市役所に何度も出向かなくてはいけない羽目になった。結局は市役所職員のミスだということが分かったが、当の市役所職員は一言も謝罪の言葉しなかった。

自分に降りかかったことではなく、生活の様々なシチュエーションで「この人は謝っておけばいいのに…」と思うことがある。例えば、先日行った洋服直し店でのこと。女性客がズボンのすそ直しをするためにやってきた。彼女はズボンを試着し、店員と散々何センチ短くするかを議論したあげく、提示された価格が高すぎると言って結局何もせずに帰っていった。もちろん価格を聞いて利用しないという選択をするのは自由だが、忙しい中時間を割いて接客してくれた店員さんに「ごめんなさいね」の一言があってもいいのではないかと思った。

 

このように日本人から見たフランス人は「落ち度を認めず謝らない人」のように感じ、反対にそんなフランス人から見た日本人は「簡単に謝りすぎる人」ということになる。そんな2人が夫婦になると、「謝るか否か」が原因で喧嘩になることもある。日本在住のMichiyoさんは、フランス人の夫がなかなか謝ってくれないことに悩んでいるという。「今日は早く帰る」と言ったはずの彼が遅くに帰って来て、しかも謝罪の一言もなかったことを不満に思ったらしい。

 

日本人は謝りすぎ?日本人にとっての「すみません」外国人との違い【Michiyoさん】
「私はひとこと”ごめんね”ってちょっと謝ってくれればいいのに、彼はこのちょっと謝る感覚が分からない顔してます。謝る=懺悔でニ度としない。なんでしょうね、だからよっぽどじゃないと謝らないんでしょうね。」

彼女の言うように外国人には”ちょっと謝る”という感覚が不可解なようだ。

それもそのはず、欧米人の謝罪は「謝ったあとの責任行動に焦点をあてる」点が特徴だ。外国人が言う「ごめんね」の言葉には謝った後の責任行動が伴う。謝れば自分の責任を認めたことになり、その後の責任行動を求められるのでやたらめったには謝らない。そしてそんな外国人から見ると、すぐに謝るのに行動が変わらない日本人は不誠実に映ってしまうそうだ。謝るからにはどうにかしろ!というのが彼らの言い分らしい。

それに比べると、日本人の「ごめんね」という言葉の定義は明らかに違う。言語学の専門家・京都女子大学の大谷麻美准教授は、日本人はもっといろんな場面ですみませんなどの謝る言葉を使っていると指摘している。

 

【京都女子大学 大谷麻美准教授】
「『すみません、ちょっといいですか』とか、『すみません、お邪魔します』とか、そういう『すみません』というのは、邪魔して申し訳ないから私が責任を取りますという意味までは含まれない。私、あなたに迷惑をかけてしまったかしらと、ちょっとそういう思いを伝えることで人間関係を円滑にする役割を果たしている」

よく日本語の「すみません」は英語での”Excuse me”や”Thank you”の意味で使われると言うが、日本語のすみませんはクッション言葉であり、『人間関係の潤滑油』である。相手への”思いやり”を示す言葉であり、すみませんと言うことによって「あなたのことをどうでもいいとは思ってないですよ」、「あなたのことを大切に思っていますよ」というメッセージを暗に伝える言葉である。

来日して15年になるカナダ人落語家の桂三輝(かつら・さんしゃいん)さんはこう語る。

 

日本人は謝りすぎ?日本人にとっての「すみません」外国人との違い
桂三輝さん

【桂三輝さん】
「我々カナダ人はよくアメリカ人にバカにされるんです、謝り過ぎて。アメリカ人よりカナダ人の方がI’m sorryって言う。日本に来たとき、カナダ人はよく謝るけど上には上があるなと思った。相当謝るんです、日本人は。本当に、何があってもまず謝れば何とかなるのは素晴らしい。言葉に困らない。ちゃんと謝る言葉と気持ちがあれば。逆に便利です」

「すみません」が思いやり言葉であるから、日本人はよく謝る。外国人と違い、謝罪の言葉を惜しみなく使う。あえて自分に非があるかのような言い方をして、人間関係をまるくおさめる。「すみません」という言葉はまさに日本人の人間関係、日本社会の縮図のような言葉であり、日本人という国民性の象徴でもあるように思う。

もはや、謝るのは日本の文化。すぐに謝る日本人は無責任だという批判もあるが、「すみません」の一言には日本人の良さが凝縮されているように思う。日本は日本人がすぐに謝るからこそ”平和な国”だと言われるのではないかと思う。

とは言え、海外で生活するからには日本にいるときのように安易には謝れない。すぐに謝るくせがついてしまっている私はこれから「すぐには謝らないくせ」をつけた方が良さそうだ。「ちょっとやそっとじゃ謝らないぞ!」と心に決めつつ、何だか世知辛いなぁと感じてしまうのはやっぱり私が日本人だからだろうか。

日本人は周りの外国人から何と言われようと、日本人らしく思いやりで「謝る国民」であり続けてほしいと思う今日この頃だ。

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3 コメント

  1. フランスに住み始めて2年経った主婦です。
    なぜ一言謝れないのか? 他人の意見を少しは尊重しないのか?
    この2年間よく思ってきたことです。
    なかにはなぜ怒っているのか理由がわからないと言う方もいて、
    はぁ?と思ってしまうこともあります。
    日本人同士でさえ、付き合いが難しいのに、やっぱり外国の人(様々な国籍の方がいますので)と付き合うのは簡単ではないなと 悩みがつきません。
    (主人は仕事も絡んでいるので、頭を抱えています。)

    こちらの記事を見て、納得というか、やっぱり・・というか
    自分の考え方を柔軟にするしかないのだと改めて思いました。
    長年してきたことなので、なかなか難しいですが。。。

  2. 仕事場で、「すみませんがお先に失礼します。」と言ったら、「何で謝るんですか。」と言われ、目が点になりました。
    日本の国際化が進んで(?)いるようですが、その弊害の一端に、言葉の単純な翻訳化があるように感じます。
    外国人が日本語を理解する際、すみません=sorryの言い換えだと覚えて、それを場面や心情を無視して、自動的に翻訳すれば、それは「日本人は誤ってばかりで変!」となりますよね。
    そして、「私は日本を外から見る目を持っている」意識が強い海外留学生や帰国子女などが、それらに連なり、マスコミなどの煽りを受けて、自国の言語ひいては文化を結果的に貶めていく。
    「すみません」に含まれる相手への気遣い、思いやりが理解できなくなっている日本人が増えてきたことに、また、こうした誤解から、ちょっとしたミスをしても「すみませんでした」が言えなくなっている最近の風潮に、一抹の寂しさを覚えます。

  3. なるほど!と思いましたが、この記事の半年前には次のように書いておられますよね。

    http://goo.gl/bYDLg3
    >フランスに来て4年になりますが、誰かにぶつかられて謝られなかったことは一度もありません。
    >日本ではぶつかっても謝らない人は多い

    「謝るのは日本の文化」というよりも、日仏の文化によって「謝る場面が違う」のではないでしょうか。どちらが良い・悪いというのでもなく。