筆者はこのブログを通して、様々な方から海外生活の悩み相談をメールで受けていますが、なかにはアジア人として現地の人に差別されていて苦しい…という内容のものもあります。”日本人は世界の人から評価が高い”と日本のメディアは伝えたがりますが、現実はそう甘いものではありません。お金を持っている旅行客として海外に行くのと、そこで移民として生活するのでは同じ日本人でも現地人の扱い方が違うのです。

そこで今回は、海外生活をしていて現地の人に冷たい扱いをされ、心が傷ついてしまっている日本人在住者の方に向けて、筆者が思う「心を軽くする考え方」をご紹介します。差別されていて心が疲れてしまっている方が少しでもポジティブに考えられるようになれますように…。

 

1. 相手にしない

差別的な言葉を言われて罵倒された、モノを投げつけられた、客として受け入れてもらえなかった…。海外で差別された経験のある方は様々な被害に遭われて、とても可哀想な経験をしています。

しかし、よく考えてみて下さい。本当にかわいそうな人は誰でしょう?筆者は差別を受けた人よりも、差別をした人のほうが可哀想で哀れだと思います。世界がグローバル化し、国際結婚も珍しくない時代になった現在でもアジア人・外国人に対して差別をするような価値観しか育たなかった差別主義者。「自分と違うタイプの人間と関わる」という経験が人生の中でできなかった”視野の狭い”差別主義者は何とも可哀想な人間です。

自分の価値観や考え方を押し付け、そのなかでしか生きられない差別主義者は哀れ以外の何物でもありません。なぜなら差別の根底にあるのは、”恐れ”だと思うからです。日本人や外国人のことを知らないから怖いんです。怖いから蔑むことで自分を守ろうとしているのではないかと思います。

そして、そんな差別主義者の考え方をあなたが変えることはできません。したがって、差別主義者に差別されたことをくよくよ悩んでいても時間とエネルギーの無駄です。そんな人のために真面目に考えて、真面目に悩んであげる必要はありません。「この人は他の世界を知らないのね、かわいそう」と逆に同情できるくらいの気持ちになれば、相手にしないで”流す”ということができるかと思います。世の中の様々な人間の差別意識をいちいち相手にしていたらキリがありません。自分の精神安定を保つためにも、「差別をする人は相手にしない」と心に決めましょう。

 

2. 無意識を意識する

これはあるラジオのパーソナリティーが言っていたことです。彼は電車の中で化粧する女性が嫌いで嫌いで、なんてみっともない行為かというのをラジオで話しました。

 するとその放送の翌週に彼はこんなことを言いました。
「先週、電車のなかで化粧する女の話をしたけど、あれから毎日毎日電車の中で化粧する女に出くわすようになったんだよね。前はそんなことなかったのに…。やっぱり人は何かを意識し始めると、とたんにそればかり目にするようになるみたい。最初から気にしなかったら、気が付かないでいられるのかもね。」
 これと同じことが差別されていると感じている人にも起きているかもしれません。「差別されるのが嫌だな」と思っているから、無意識に差別をしそうな人を探してしまっているとも考えられます。ですから、差別的な人を無意識に探してしまっている自分に気が付くというのも心を軽くするうえで大切なステップだと思います。
 1との繰り返しになりますが、やはり”気にしない”というのが一番です。意識しないというのは最初は難しいかもしれませんが、差別者を相手にしない方が精神的にずっと楽になると思います。アジア人を差別する人と仲良くなる必要はありません。その場限りの人だと割り切ってしまいましょう。

 

3. 卑屈にならない

【海外に住む日本人】人種差別されていると感じたらどうするべきか?差別されたことがショックで、周りの人がみんな自分のことを悪く思っているように感じ、気持ちも表情も暗くなってどんどん卑屈になっていく…そんなスパイラルにはまってしまっている人は要注意です。差別主義者であれ何であれ、人は卑屈になっている暗い人と仲良くなりたいとは思いません。負のオーラのようなものは言葉を介さずして伝染するものだと思います。

ホームシックや差別などで悩んでいる方に無理に元気を出せとは言いませんが、日本でも海外でも、どこで生きていく上でも「自分が仲良くなりたいと思う人になる」という心掛けは大切です。差別されて嫌な思いをしたからと言って、何も悪いことをしていないあなたが卑屈になる必要はありません。堂々と明るく幸せそうにしていればいいんです。

 

4. 自分が差別主義者にならない

海外で差別されたときは、「自分は外国人を差別しない」と心に決めることが大切だと筆者は思います。差別した人たちを恨み、自らも差別をするのではなく、差別で嫌な思いをしたからこそ、「外国人も日本人も人間はみな同じなのだ」ということを伝える側に回ってほしいです。具体的には、同じように悩んでいる人の力になってあげるとか、外国人の偏見をなくすような行動にでるというエネルギーの使い方をしてみるといいです。自分が差別を受けていることにも何らかの意味を見出せるようになります。

そしてこれが一番大切なことですが、自分自身も外国人や異国の人に偏見をなくす(もたない)ようにしましょう。これが案外とても難しいことかわかると思います。

 

おわりに

確かに世の中には異人種を差別をする人もいますが、その国・地域の全ての人間が同じように差別するのかといえば、そうではない場合が多いです。暴力や罵倒などがあまりにもひどく、身の危険を感じて日常生活が送れないという場合は別ですが、そうでない場合は周りの環境や人を変えようとするのではなく、自分が変わるようにしましょう。

人のせいにしない。環境のせいにしない。

海外生活に立ちはだかる様々な困難も、この心がけひとつで世界が変わると思います。

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10 コメント

  1. よく欧米のメディアは必死に「白人が道を歩いていると
    ジロジロ見られ、罵る日本人が多い」とネガキャンしているけど、
    実際の日本人は外人と関わりたくないから、無視する人が殆ど

    なぜ彼らはそんな事を言ったのか? 普段から欧米に居る
    非白人に対して言っている事を言っているだけに過ぎない。
    自分もシアトルやロサンゼルスでバスに乗ったら、白人から
    ジロジロ見られたし、酷かったのは歩いていたら車から白人の
    若者が「アジア人は中国へ帰れ」と罵ってきたり、黒人にも
    「キム・ジョンウン!」と日本人の友達を馬鹿にされた事がある

    クールジャパンだ、日本のアニメは世界一、世界番付で親日
    外国人が多い。ハッキリ言ってそんなものは韓国人が日本人に
    対して自慢する様な事であり、現在日本は中韓や北米から激しい
    誹謗中傷を受けている事を自覚し、騙されない様に気を付けるべき。

    彼らが親日の振りをするのは「お金」が欲しいからで、日本人に
    敬意を持っている外国人は残念ながら殆ど居ない

  2. 日本人は欧米人を一括りで考えてしまう傾向がありますが、アングロサクソンの英国人とラテンのフランス人では習慣、社会環境、倫理観も違います。
    19世紀、アジア、アフリカに多くの植民地をつくっていた英国とフランスの植民地政策の概念も全く違います。
    アングロサクソン(米、英)たちの都市計画の基礎にあったものは第一にビジネス、言い換えれば経済効率と生産性の搾取の政策でした。
    それとは対照的に、フランス人たちは少ない人口でアジアの土地を統治するのに必要なのは軍事力や経済力のような「ハードパワー」ではなく文化的な「ソフトパワー」と考えていました。これはフランス共和制の理念で国家や民族といった枠を超えて共生していく事が大きな鍵でした。
    アングロサクソンの共存に対してフランスの共生という概念は今日の社会にも息づいているし、そこに人種差別の一つの答えがあると思います。

    共存=共有しないで独自性を守る住み分け。
    共生=異なる生物が密接な関係で一緒に生活する。

    かなり長い時間、フランスと英国を見てきましたが、英国人の結婚という概念の中ではフランス人のPACSという発想は産まれないと思います。

    昨今、米国のミズリー州やアリゾナ州で起きている白人警官による黒人青年の射殺事件にみるような人種差別による事件はフランスでは殆どありえない事です。
    20年以上フランスで生活しました。その間、二度くらい人種差別と思えるような体験をしましたが、それも今では取るに足らないような出来事でした。

  3. 私は黒人のオフィサー、そして黒人看護婦から酷い差別をされましたが、気にしても仕方がない。
    差別をする人は、異質な者が憎いという気持ちしか持っていないんですから。

    それだからと言って、全ての黒人が酷いわけではないですから。
    だってそうでしょう?
    その時は腹も立つし、悲しいけれど、よくよく考えてみれば
    世界中全ての黒人に会った訳では無い。

    たまたまそういう人たちに当たっただけ。

    どんな人種にも言えるんじゃないの?
    日本人でも、白人差別や黒人差別をしたり、憎んだりする可哀想な人もいるだろうし。

    どんな国にも、「人種」で憎しみを抱く、愚かな差別主義者は存在している。

    この人種が悪いとか、あの人種が悪いとか、そういう意識しか持てない可哀想な人たちはどの国にも存在しているけれど、そういう「負」のオーラに巻き込まれないようにするだけ。

  4. 日本人がアメリカで経験する差別、アメリカ人が日本で経験する差別は、共通点があります。人は経験がそれぞれですが、知り合いの話で言うと、ニューヨークでセクハラを受けた日本人女性の知り合いもいますし、大阪でセクハラを受けたアメリカ人女性の知り合いもいます。少し恥ずかしいですが、両方の話を聞いたとき、「うそだろ?そんなはずはない。

    ニューヨークは知らないけど、日本だって外人さんに手を出すやついないだろ」
    と疑ってしまいました。ただ、その後、そしてネットで少し調べてみたら、似ている話もいっぱい出てきて、彼女たちの話が本当だったなぁって受け入れるようになりました。

    長くなって申し訳ありませんが、つまり、アメリカがこう、日本がこう、日本がいくらでもすばらしい国、アメリカがいくらでもすばらしい国であっても、それでも差別の影響を受けていやな経験をさせられる方が何人もいます。私はアメリカ人ですが、在米日本人の受ける差別も在日アメリカ人も受ける差別も、(アメリカ人がアメリカ人同士に受ける差別も、日本人が日本人同士に受ける差別も)、差別のいやな影響がよわくなりますよう、お祈り申し上げます。

  5. マダム、初めまして!
    興味深い記事と議論を提供して下さりありがとうございます!
    15年ほど欧州に住んでおります。
    人種差別された時の対処法について、マダムの王道的な方法とちょっと違った、私の邪道なやり方を書いてみます。

    ひどい話ですが私は小学生のころ「外国人に中指を立てると面白いことが起きる」と聞きつけ、友人と無邪気に外国のかたを怒らせてみた事がありました。
    そんな過去を思い返すと「釣り目釣り目~!」と私をからかうトルコ人の少年たちに対して怒りも憎しみも憐れみも感じず、「た、楽しんでるな」と共感みたいなものを覚えるのです。私が昔こんな悪たれでなければこの発言に対しもう少し不愉快になっていたことでしょう。
    自分の犯した事のある過ちに対して寛容になるのは難しくありません。
     そして大人になった今、私は外国に暮らしているというのに差別を止められません。たとえばドイツの若者に釣り目と言われるよりも在独インド人に釣り目と言われた時の方がはるかに腹が立ちましたし、隣にムスリムが越してくるより北欧の人が越してくる方が安心します。
     掘り下げれば尽きない、そんな自分のする様々な差別を自覚して、まあ自分がこれだけ差別してるんだから他人がするのも多めに見てやろうと上から目線で思うようにしています。自分が良くなるというより、駄目な自分を受け入れ、駄目な他人に寛容になるという、日本ほどきっちりしていない欧州暮らしで得た知恵みたいなものですがいかがでしょうか。

    とはいえ、エネルギーのない時にからかわれるとストレスがたまるのも事実。
    ああいうのは精神的なパンチみたいなもので、うまい返事やジョークで合気道のごとく返してしまえば自分の心にまったくストレスを残しませんが、ガマンしていると積もるもの。毎回即座にうまく答えればストレスはたまりませんが誰もが岡倉天心のごとくドンキーモンキーなんて(詳しくはwikiってね!)答えられようがありません。
    そこで出てくるのが「吹き出す」です。
    相手からほのめかされたりからかわれたら即「吹き出す」。コレで解決。
    笑うのではありません。「失笑」です。うそ笑いというのはなかなか難しいですが、「吹き出す」のは簡単です。口元に手を当ててぷっと息を出すだけです。喰い気味に失笑してやりましょう。
    「何これマジ失笑」です。 
    これだけで優位に立てます。
    ちなみにこれはつまらないセクハラジョークにもとどめを刺せます。
    上司が「僕のエッフェル塔と~」などと言い出したならエッフェルのルあたりに失笑をかぶせます。
    失笑の瞬間、顔をそむけて手は軽く丸めて口元に持っていきます。目まで笑わせる必要はありません。むしろ目は真剣なまま相手の目を見て吹き出します。
    これが「マジ失笑」感を際立たせ「何言ってんだ?」感を演出します。
    演技に自身がなければ完全に顔そむけて吹きだすだけでもOKです。
    もし失笑された側に何の差別的意図がなかった場合「あら何で笑ってるのかしら」とスルーされますが、負のオーラただよう差別発言だった場合は発言者にストレスが返ります。敵にだけ当たる魔弾です。
    そして見下しているような人間から馬鹿にされるのは倍の屈辱です。数も増える魔弾です。
    面白い話もオチ前に馬鹿笑いしてぶち壊せるごとく、差別発言もタイミングのいい失笑(さらにはヴレマンだのヴィルクリッヒだの一言付け加えてもいいですね)でブチ壊しです。さあ、許せぬときはどんどん差別発言をブチ壊しましょう。マダムのおっしゃるように暴力を振るわれたらいろいろ終わるのでほどほど怒らせるくらいで行ってみるといいでしょう。

    長々と失礼しました! 
    (※後半部分はフィクションです)

  6.  先日アメリカ旅行中に受けた人種差別(罵声)をツイートしたら「そんなことはありえない!」「アジア系の多くの人が要職についているから訴えれば勝てる!」などと青筋を立てて怒られました。相手は海外で暮らすセレブ日本人の方。まさか同胞に絡まれるとは驚きでした。
     このブログでも仰られていたように、私はアメリカ旅行中にどんなにひどいことを言われても英語が分からないフリをして無視していました。本記事を読み、それが正解だったと分かり「よかった」と胸をなで下ろしているところです。
     ちなみに強盗が多いと聞いていたので、旅行中はなるべくみすぼらしい格好で街中を散策しました。ところが、やたら道や時間を聞かれたりと、現地人に溶け込みすぎてしまった感があり、自分の見た目にも罵声を浴びる原因はあったと思います(笑)。
     もっとも、金持ちの日本人実業家なら、権利や法律だのを振りかざして、無駄口を叩く相手を黙らせることもでき、不心得者も口をつぐむのでしょうが、私のような、一人旅の貧乏そうなアジア人には、セレブが享受できる権利意識は全く通用しなかったかと思います(苦笑)。
     人は自分が日常的に享受している権利や常識を他人に押し付けがちですが、世の中には色々な人がいて、いろいろな考え方や倫理観・宗教観・人生観を持って生きています。それを理解せずに「お前は間違っている!!」と怒りまくられても、「いやいや、そもそもお金持ちの貴方様とは身分が違います」としか言えません(苦笑)。相手(私)の立場や環境を無視した言葉を頂戴しても、ぶっちゃけ<余計なお世話>です。
     おそらくこのセレブさんは「私を変えようと」したかったのでしょうね。でも、即答します。無理です(笑)。むしろ、こうした相互理解のなさ、自分の立場の押し付け、こそが、差別や暴力を生む元凶なのだと思い知らされました。
     違うなら違う、相容れないなら相容れない、現状を認めて「ならどうするか?」について考えるのが、現実世界で生きる術(すべ)だと、私は思います。それを裏付けてくれるような記事に胸を打たれました。「他人を変えるのではなく、自分が変わる」のです。仰る通りです。

  7. アメリカ中西部に留学していました。かかれていることが的を得ていて、さすがですね。そのとうりだと思います。これが出来たらどの国に住んでも大丈夫そうです。真の国際人になるためのアドバイスどうもありがとうございます。