フランスで地下鉄に乗車しようとした黒人の男性が、人種差別主義者を自称するサッカーファンから繰り返し乗車を妨害されるという事件があり、波紋を呼んでいる。「俺らは人種差別主義者。それの何が悪いんだ!」と繰り返し叫ぶチェルシーサポーターの動画を見て、悲しい気持ちになったのは筆者だけではないだろう。

今回の騒ぎを起こしたのはイギリス人たちであり、フランス人からすれば”いい迷惑”な事件であるが、フランス人に人種差別意識がないかといえば嘘になる。

白人、黒人、アラブ人、インド人、アジア人など、他民族が暮らすパリ。パリの地下鉄のなかは当然、毎日様々な人種や宗教の人たちが一緒に乗る”他民族コンテナ”と化する。

そんなパリで暮らす日本人在住者は、「フランス人は人種差別的な人が多い」と言う。【フランス人種差別事情】他民族が乗る"パリの地下鉄"で毎日思うこと

フランスで人種差別を一番受けるのは、アラブ人たち。先月のシャルリーエブド事件の影響もあって、特にイスラム教徒のアラブ人に対する偏見や差別意識は強い。筆者の周りのフランス人も、声を大きくしては言わないが、ムスリムへの風当たりが厳しい。知り合いのフランス人女性はシャルリーエブド事件について、このようなことを言っていた。

「アメリカでの9.11以降、パリでもブルカやベールをしている人が増えたわよね。私はずっと前から彼らが何か計画しているんじゃないかと思っていたのよ。ムスリムはみんな信用できない。」

筆者の感覚からするとゾッとするような思想を、さも真実かのように語る人がいる。ムスリムがフランスを乗っ取ろうとしていると信じている人が現実にいる。人間の恐怖心や憎しみは、ユダヤ人を迫害したヒットラーのように、冷静さを欠いたゾッとする思想をつくりあげてしまうのかもしれない。

 

そして、多民族都市パリでは、日本人がこのような偏見の被害者になることもある。筆者の知り合いの日本人女性は、交差点で信号待ちをしている時、急に背後から突き飛ばされた。背後にいたのは黒人男性で、「何するんですか!」という問いに、「俺はアジア人が大っ嫌いなんだ!」と答え、尚も突き飛ばしてきたそうだ。

この黒人がアジア人にどんな因縁があるのかは知らないが、突き飛ばされた女性には全く持って関係ないことだ。アジア人全てを一括りにして、同じものとして接することに問題がある。

また、パリで暮らす日本人の中には”フランス人に対して”の偏見が強かったり、差別的な発言をする人もいる。こういう日本人もまた、フランス人全てを”だらしがなく、高慢で、信用できない人”を決めつけ、真面目な日本人とは差別して扱うのだ。

これら人種差別的な言動をする人に共通しているのは、「ある民族や宗教グループを全て同じもの」として見る点である。白人はみんないっしょ、黒人はみんな同じ、アジア人もみんな同じという見方が人種差別の根源にある。その人本人がどういう人なのかを知ろうとせず、「○○人はこういう人」という決めつけ、凝り固まった偏見から抜け出さない。

”つきあってみたら意外に話が合ういいヤツ”かもしれないのに、つきあってみるという最初の一歩を踏み出さず、人間関係を遮断してしまう。これは非常にもったいないことだと思う。「お寿司は食べたことないけど、嫌いなんです」という外国人のようだ。

とはいえ、フランス人と外国人、外国人同士、フランス人同士など、それぞれがそれぞれに偏見があるのがフランス社会。筆者も他国の人に偏見が全くないとは正直言い切れない。

ただ、パリという他民族社会で生活する以上、相手が日本人であれ、フランス人であれ、イスラム教徒であれ、”その人自身”をまっすぐ見つめることが大切だと思う。人種や民族の「枠」にとらわれず、相手のことを知る努力をすることが必須だ。逆にそれができないと、他民族社会のバランスが崩れ、”異”が“共生”することはできなくなってしまう。

今月、後藤さんが殺害されたことを受け、日本だけでなく世界中でイスラム過激派にどう対抗していくかという話がよく挙げられるようになった。「イスラム教徒=悪」というイメージがマスコミを通して知らぬ間に伝わってしまっているように思う。

筆者と同じフランス語教室に通うリビア人女性はイスラム教徒だ。先週、彼女はこのようなことを聞いてきた。

「みなさん、イスラム教徒は怖いですか?私は、イスラム教徒はみんな悪だと思われているように感じます。先日、友人とレストランに入ったら、入店を断られました。私がベールをしたイスラム教徒だからです。」

 

人種や民族の「枠」を取っ払うというのは、口で言うほど簡単なことではない。偏見も、差別もなくならない。世界も変えられない。

要するに問題は、「自分がどう動くか」。他民族と平和に暮らすために、自分がどんな人間になるべきか。パリの地下鉄の中で、人種、民族、宗教様々な人を目にしながら考える。

 

シェア


返事を書く

 

※ コメントは承認制です
コメント反映までに時間がかかることがあります。予めご了承ください。

10 コメント

  1. いつも興味深く拝見しています。
    今回、初めて、フランス人種差別事情を読んでコメントさせていただきます。
    イスラム教徒の、怖いですか?に対し、私は全てのイスラム教徒が悪だとはこれっぽっちも思っていません。でも、どうやって見分ければいいのか?
    自分の身、子供達…どうしたら、どのイスラム教徒が安全で、どのイスラム教徒が悪なのかを知ることができるのか…
    レストランで入店を断られるのは仕方ないのではないか…
    それは、人種差別なのか…

    • luluさんのご意見も一つの考え方なので否定はしません。しかし、逆の立場になって考えてみて下さい。あなたの住む国(日本以外)で、ある日本人が大量殺人事件を起こしたとして、それが理由で日本人のあなたが差別を受けたらどんな気がするでしょうか。しょうがないと言い切れますか?

      どのイスラム教徒が安全で、どのイスラム教徒が悪なのかを”区別しなくてはならない”という考え自体が偏見であり、人種差別であるように私は思います。「イスラム教徒はよくわからないからすべて悪として扱う」というのは、人種差別主義者の理論です。

      • コメントありがとうございます。
        そうですね、私もフランス在住なのですが、もしここで、日本人が大量殺人を起こしたら、同じ日本人として、申し訳ない気持ちになるでしょう。レストランの入店拒否はしょうがないと思えると思います。逆にリリーさんがレストランで食事をしていて、イスラムの方がテロをおこして、自分の大切な人が亡くなったらどう思いますか?
        私にも、イスラム教徒の友人、知人、たくさんいます。
        例え、そういう人がいなかったとしても、イスラム教徒が全て悪とは思いません。

        • 「レストランの入店拒否はしょうがない」ですか。
          ちょっとびっくりしました。まるでイスラム教徒はテロを起こすという前提を基にしているように私には聞こえます。私はこれは差別だと思います。
          >逆にリリーさんがレストランで食事をしていて、イスラムの方がテロをおこして、自分の大切な人が亡くなったらどう思いますか?
          …その場合は、私の大切な人を殺した人を憎み、他のイスラム教徒を恨むことがないに努めます。それができるとは断言できませんが、少なくともそうあるべきだと思います。

          ですが、luluさんのように考えているフランス人が多いのも事実です。
          難しい問題ですね。

          • お久しぶりです。あの後、友達のフランス人とこのことについて話をしたのですが、ベ-ルというのは、黒い布で顔を隠してるあれのことですか?
            その場合、フランスは法律で禁止されてるって言っていました。
            確認していないので本当かどうかは知りません。
            日本だって、フルフェイスのヘルメットでコンビニ入るのとか、禁止されてますよね?
            法律で決まっているのかどうか知らないけど…
            もしそうなら、テロうんぬんより、レストランの入店、拒否されてもしょうがないんじゃないでしょうか。素っ裸の人だって、レストランの入店、拒否されるんじゃないかしら?
            それも差別?差別って言葉に敏感すぎる気がする。顔隠してたら、ちょっと不安になるんじゃないでしょうか。

            • 顔を隠す黒い布はブルカなので、ベールとは別物です。
              サルコジ政権以降、公共の場でブルカを着用するのは禁止されています。
              着用する女性は罰金を課されるので、レストランに限らずフランス全土どこでもだめです。

  2. 確かにフランスにも差別と言えるような事はあります。
    前にも話しましたが、基本的な英米の共存という考え方とフランスの共生という概念は違います。英米と同じようにひとつに引っ括めて考えるのは如何なものかと思います。

    以前フランスの公立学校でムスリムのブルカやベールが問題になりましたが、フランスは政教分離が基本ですから差別には当らないと思います。

    米国の大統領就任式で行われる大統領が聖書に手を置いて宣誓する姿はフランスにはありません。また英国人の口癖の「God save the Queen」も政教分離のフランスには存在しません。日本やドイツの様に宗教がらみの政党もありません。
    フランス人は下品な意味でMon DieuとかNom de Dieu(ちっえ、ちきしょう)とは言いますが…

    フランスは最も難しい社会の共生という険しい道を歩いているように思います。

  3. 私の住む日本のとある地方自治体は、国際交流イベントと、ここに暮らす外国人の為に無料同然の日本語教室の開催を10年以上地道に続けていますよ。
    ここはかなり外国人が多いですし、最悪な事に外国人による殺人事件も何度かありましたが、何とか共存していると思います。身近に外国人が存在する事が当たり前になってくると、何人であっても個人の誰という感覚で付き合う事も当たり前になってきます。
    こちらには多くのイスラム教徒の方々がいますが、目立ったトラブルはありません。彼らなりに、ここの環境に配慮した生活をしていると思うのです。
    けれどももし、ブルカで仕事が出来ないのは差別だと主張したり、早朝からアザーンを大音響で屋外に流すような事をすれば、やっぱり何か起こると思います。何も起こっていないという事は、彼らの配慮とこちらの寛容があるからだと思います。
    イスラム教は、このグローバルな時代にどのようにイスラム教徒として異国で生活すべきか、答えを出す時期が来ていると思います。
    フランスでは風刺画の問題がありましたが、そういうものだけでなく、フランスに暮らす優秀な外国人をTVなどで紹介すべきです。
    相手を理解する事、その手段ほど差別撤廃の有効な方法はありません。

  4. オーストラリアの白豪主義は1975年、人種差別禁止法」制定によって、原則的に移住手続きや、移民の国内での生活・教育・雇用に関する一切の人種差別を禁止した。

    南アフリカのアパルトヘイトは1994年4月に全人種参加の初の総選挙が行われ、憲法が制定され、ネルソン・マンデラ氏の努力により、アパルトヘイトは撤廃されました。その結果、共存という概念が米英の社会に生まれました。

    深刻な外国人雇用問題を抱える日本社会でも、2月11日の産経新聞のコラムに載った曾野綾子氏の先祖返りとも言える発言は南アや欧州で波紋を呼んでいます。

  5. こんにちは。
    自分自身、外国の方々とかかわった事があるので、見逃せない話題でした。
    主に中国・韓国の人たちが多く、彼・彼女らに悪い印象は見受けられませんでした。
    某掲示板やそのまとめサイトでは、連日連夜、怨嗟の言葉が罵られていますが、どこまでが実体験なのか不明です。
    ほんの数名出会った程度で、その中に悪い人がいたせいで、ああも全体を悪く語れるものかと。
    確かに中にも悪い人がいるのは確かですが。
    それに反日ナショナリズムに扇動された1部が本国にいるそうです。
    ですが、日本人の中にもヘイトスピーチは言わずとも、中韓の人たちを内心嫌っている人たちもいますが、それも1部とまでは言いませんが、多いかと。
    そういう人たちに限り、白人に対しては盲目的なまでに迎合する気がします(あくまでも自分の感覚です)。
    つまり、人種・民族・宗教・政治・歴史を理由に公平(フェア)に見ていない。
    他国の文化に敬意を払い、その人個人を見る。
    それが出来ない人が多過ぎるのだと思います。

    長文、失礼致しました。