広島中3自殺は、内申書で「将来」が決まるという洗脳による悲劇

 広島県府中町立緑ヶ丘中学校で、2015年12月に学校側のミスで15歳男子生徒が自殺していたことが発覚した。この男子生徒は私立高校への専願受験を希望していたが、「万引きしていた」との誤った資料に基づき、受験できないと繰り返し中学から伝えられていたという。

 このニュースを聞いて、だからと言って何も自殺までしなくても…と思う人もいるかもしれない。しかし、この事件は学校が情報管理を怠っていたという点が問題なのではなく、15歳の将来有望であるはずの男の子が自殺するまでに追い込まれた学校、塾、社会からの「刷り込み」に原因があるのではないかと思う。

 実は、筆者はこの少年の気持ちが少しわかる。というのも、筆者は初めての受験である高校受験に失敗して、「将来希望なんて何もない」と思っていた思春期を過ごしたことがあるからだ。当時の中学生なりに努力して受験した志望校に落とされ、「こんなに頑張ってもダメだったのだから、将来何をどう頑張ってもきっとダメなんだ」と絶望的になった。頑張っても失敗したという経験は、15歳の子どもにはとても辛く、その後、進学校の高校に入ってもそのショックからなかなか立ち直れなかった。勉強のやる気が起きず、高校1年生のゴールデンウェーク明けには行かなくなってしまった。高校中退である。

 筆者の場合は、自分の落ち度が原因で高校受験に落ちたので自分の責任であるが、広島県の自殺した中学生は身に覚えもない罪をきせられて、推薦入試を受けられないという状況になったので、その悔しさは比べ物にならないものだっただろう。中学生の精神的にも安定していない思春期の子どもが、推薦を取り消された上に、犯罪者のレッテル貼られて、それが冤罪なのに何度抗議しても取り消してもらえなかったら、将来絶望的な気持ちになっても無理はないと思う。

 だから、自殺したくなるほどのお先真っ暗な気持ちもわかる。しかし、それでもやっぱり死なないでほしかった。どんなに将来に絶望しても、それでも生きる道を選んでほしかった

 なぜなら、「高校受験で将来が決まる」というのは全くのウソだからだ。筆者は高校を中退したが、その後大検を受け、地元の中堅私立大学に入学、卒業した。大学に入ったら、海外に興味を持つようになって、英語がしゃべれるようになり、外国人の友達がたくさんできた。そのなかの一人のフランス人の男性と交際するようになり、結婚し、今はフランス語を話し、フランスで生活している。

 人生何が起きるか、わからない。中学から高校、高校から大学、日本から世界へと飛び出していけば、自分がどんなに小さな世界にいたのかを実感できる。日本にいたころは、いくら大卒とはいえ高校中退の傷がある自分の過去を後ろめたいと思っていた時期もあるが、フランスという全く常識の違う国に来てみると、高校を辞めた歴史なんてかすり傷のようなもので、今となれば、むしろその経歴が「普通の人にはない面白いチャームポイント」のようにさえ感じている。

 だから、どんなに将来に絶望しても、生きてほしい。志望の高校にいけなくても、高校に落ちても、学校でいじめられても、家庭環境がうまくいっていなくても、それでも生きてほしい。

 まだまだ、人生は変えられる。15年しか生きていない子どもに、その先の人生なんてわかるわけがない。

 そして、大人である私たちは、受験や内申書で子どもを精神的に追い込むことを今すぐにやめるべきだ。塾に張られた「絶対合格」の横断幕や、「今年受験生だね、頑張ってね!」というエールや、「あそこの高校に行けば将来有望よ」という決めつけ発言のひとつひとつが、子どもたちを狭い世界へ追い込んでいることに気が付いたほうがいい。

 高校なんかで将来は決まらない。
 どんな子にも、たくさんの可能性があるし、自分の人生は努力次第でいくらでも変えられる。

 中学校がそういうことを教えてくれる場であれば、府中の自殺した中学生を救えたのかもしれない。

写真:Travis King

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1コメント

  1. 残酷なようですが、日本社会のこういう傾向は直らないでしょう。

    結局、親がしっかりしているかどうかに尽きると思います。