「パリで人種差別を受けた」と勘違いする、うるさい日本人へ
image: las - initially (Lori Semprevio) - Flicker

以前書いた記事『なぜGACKTはフランスで差別されたのか?』は、反響が大きかった。コメントのほとんどが「ガクトがされたのは人種差別」という意見だったが、やはりこれは“日本人的な視点”の見方だと思う。ガクトが区別・差別されたのは間違いないが、これを人種差別に結びつけるのは短絡的すぎるのではないだろうか。

なぜなら、これらはフランス的な視点や常識を全く考慮に入れていない意見だからだ。フランスではサービス業の「お客さんに対する差別」は当たり前で、日常茶飯事である。常連客に対するひいきの度合いは、日本とは比べ物にならない。

人気のある窓際の席を常連客のためにとっておくお店はたくさんあるし、普通のお客さんに頼まれても出さないメニューを、常連客のためなら文句一つなく作る。常連客なら、まだ来店していなくても、電話で料理の注文を受け付ける。パリの席数が少ない小さなレストランでは、団体の貸し切り予約を断るお店が多いが、これは団体客のせいで常連客が入店できないことを懸念しての策だ。フランスのレストランでは、目先の利益よりも常連客との長期的な関係を優先させる文化が根付いている。これがフランスでの客商売のやり方なのである。

客のほうも、十分これを承知している。「このお店と長く付き合いたい」、「このお店はひいきにしたい」と思った客はチップをはずんで、店員との世間話に花を咲かせる。こうしてお店側と客側で、対等で友好な人間関係を築いていくのが、フランス流ひいき店との付き合い方だ。逆に、一度しか行かないであろうお店にはチップもあげなければ、あいさつもしない。常連客びいきは、フランスでは一般に受け入れられている“差別”であるのだ。

「お金がなくても平気なフランス人、お金があっても不安な日本人」でおなじみの作家、吉村葉子は著書のなかで、態度が悪かった銀行員のフランス人に手土産を持って行ったところ、その翌日から行員はコロッと態度を変え、長蛇の列があるときにも優先して接客してもらえるようになったというエピソードを語っている。

このようにフランスでは、店側からすれば客の階級があり、客側もお店の階級がある。お店と常連客が一緒にプライベートで飲みに行くこともあるし、互いに持ちつ持たれつの関係を保とうとする。

そんな階級社会であり、観光客が世界一多いパリのサービス業では、当然外国人観光客が一番下のランクにあたるのだ。

一度きりで二度と来ることはないだろうし、チップもくれないことが多い。パリジャンのディナータイムは大体20時頃だが、外国人観光客はそれよりもずっと早い時間帯に入店する。クレジットカードの暗証番号4ケタを知らずに、日本と同じようにサインで決済しようとする人もいて、支払いで問題が生じることも外国人観光客には多い。フランス語がわからないので、注文で間違えてしまうリスクもある。目の前にいる外国人観光客に感じ悪く接しても、観光客は次から次へとやってくる…。

こういった事情から、パリでは外国人観光客はどの人種であれ、嫌がられる。日本人に限らず、世界中の観光客がパリジャンに対して良い印象は持っていない。実際、海外の旅行情報サイトのレビューを見ると、「パリの街並みは素敵だけど、パリの人たちは冷たくて嫌いだ」というような意見が多いのはこのためだ。しかし、英語圏の観光客なら、フランス語が通じなくても英語で会話ができるというアドバンテージがあるし、彼らはチップの額もアジア人に比べて多い。白人が優先されるのは、このような背景もあるのだ。

逆に言えば、アジア人であっても、英語やフランス語をきちんと話し、チップをはずんで、店の常連になり、店員にコマンタレヴ?と話しかけてみれば、お店にひいきされるのは言うまでもない。

誰もが公平に接客されているべきだという日本と同じルールが海外でも通用すると勝手に思い込み、事情を知らない観光客がフランスでの接客のやり方をジャッジするから、「人種差別」というお門違いな結論を導き出すのではないだろうか。

店の奥に追いやられたGACKTだって、アジア人だからという理由ではなく、パッと見で観光客だとわかったからテラス席には座らせなかったのだろう。もしかしたら、テラス席は常連客のためにとってあったのかもしれない。「お客様は神様」ではなく、店も客も対等だという意識があるフランスでは、客にどのような扱いをするのかは、店員個人の裁量によって決まるところが大きく、これは客に対する差別であって、人種差別ではない

それでは、逆にどんな場合が「人種差別」に値するのだろうか。このGACKTの例でいうと、店側にはっきりと「アジア人は窓際に座らせない」と言われたのなら、人種差別だと断定できる。「アジア人入店お断り」の張り紙があるお店も人種差別だ。筆者の知り合いで、パリの道端で黒人からいきなり背中を押され、「俺はアジア人が大っ嫌いなんだ」と言われた日本人がいるが、これも立派な人種差別である。

しかし、パリで人種差別を受けたという人の体験談を聞いてみると、そのほとんどが「嫌な顔をされた」というような抽象的すぎるものだ。「ニーハオと言われた」、「軽蔑の目で見下した表情をされた」、「チラチラ睨まれた」、「馬鹿にされた」というような受け取る人によってどうにでも解釈できるような内容で、とても人種差別だとは言い切れない。これらは、単なる被害妄想でしかない

筆者の友人で、自分はいつも人種差別にあっているという妄想を抱いていたパリ在住の女性がいる。行きつけのパン屋の店員がいつも彼女にだけ態度が冷たいように感じたそうだ。ある日、彼女は自分の旦那(フランス人)と一緒にそのパン屋さんに行ってみた。すると、その店員はフランス人である彼に対しても態度が悪かったそうだ。

そこで彼女は気がつく。自分が日本人だから差別されたのではなく、この店員はフランス人に対しても態度が悪いのだと。それを知った彼女は、ほっとした気持ちになったそうだ。

このパン屋の店員がどのようなアルゴリズムで、感じよく接客する客を選び出しているのかはわからない。しかし、「人種差別された」と騒ぐ人のほとんどは、彼女のように蓋を開けてみると、単なる勘違いなのではないだろうか。

日本では日本のルールがあるように、外国では外国でのルールがある。それを知らずして、勝手に日本的価値観で批判し、安易に「人種差別」と結びつけるのは、あまりに短絡的で、幼稚な気がしてならない。

日本で生活する外国人が「日本のこういうところが嫌だ」と批判すると、嫌なら出てけ! と目くじらを立てて怒るるのに、その一方で、海外でちょっと嫌な目にあうと、「この国の人は人種差別的だ」と決めつける。こんな矛盾に気がついていない人も少なくない。

なぜパリ旅行に来た日本人は、人種差別の被害者になるのか?
…それは、パリジャンの言動のせいで嫌な気分にさせられた日本人が、安易に“人種”差別に結びつけるからである。

その国のルールや文化をよく知りもしないで、差別されたと批判するのは、無知無学を露呈することと同じだ

大切なのは、批判や決めつけをする前に、「なぜこうなのか?」と理解しようとする寛容さである。

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20 コメント

  1. 全くその通りだと思います。フランスでは店や店員から優遇されるためには、それなりの努力が必要です。フランス語はもちろん、その他もろもろですね。そして、それが成功したら融通のきくサービスが受けられる。日本のサービスはある意味凄いけど、融通の利かない所もあると思います。
    フランスには、フランスのやり方があるだけ。差別と怒らずにうまく過ごしてみれば観光でも楽しめると思います。
    良い記事でした。

  2. 私が南欧で通りを歩いていたらヨーロッパ原住民が目を狐目に指で吊り上げて、チーノ!チーノ!と叫んで来たのですが、これは人種差別でしょうか。

    • 馬鹿にしたニュアンスだったら人種差別なのかもしれませんが、これくらいのことはさせておけばいいのでは?
      「アホやなぁ」で流せばいいんです。アホはどこにでもいますし、いちいち真面目にとらず、相手にしないのが一番です。

      • チーノ!チーノ!と言ったのは小学生の団体(先生付)だったのですが、完全にバカにしたニュアンスでしたね。先生も注意する様子も謝る様子も見せず当然、といった感じでしたし。イタリア(もう国名言っちゃいますね。)ナポリの学校では差別が許されているのでしょうか。楽しく旅をしていただけにショックでした。

      • いや、それは違うでしょう。アメリカ人だと思った相手(実際はフランス人)に、鼻を大きくしたジェスチャーをして、アメリカン!というのと同じです。
        「帰れ」という単語を使ったら、それはまた別のニュアンスになると思います。

      • 中国人を見て『朝鮮、朝鮮ぱかするな!』と囃し立てるようなレベルかなと私は判断しました。絶対、必ずや中国人は怒ると推察。

  3. 昔、『ここがヘンだよ日本人』という番組で島崎敏郎がアダモちゃんというキャラを演じたら外国人(特に黒人)が怒りだしました。
    個人的には差別的な意味合いがあったとは微塵も思いませんでしたが、こちらが差別とは思わなくても向こうが差別と思えば差別認定されるのが現状でしょう。
    白人にしても、以前全日空のCMで出演者が金髪のカツラに付け鼻という格好をしたら、在日外国人から人種差別だと苦情が殺到して放送されなくなりました。
    あと、ワンピースという漫画では、白ひげ海賊団のシンボルには元々は卍が描かれていましたが、何らかの圧力で十字架に変更されてしまいました。
    自国では差別ではないと判断される事であっても、今の時代はそれじゃ通らなくなってる気がします。

    • 確かに、パリジャンも悪いです。これだけ観光客の多い街なのですから、パリのやり方を押し通すのではなく、世界のスタンダードへ帳尻を合わせていくべきだと私も思います。
      >自国では差別ではないと判断される事であっても、今の時代はそれじゃ通らなくなってる気がします。
      その通りです。
      こういった背景もあって、パリ観光協議会はパリ市内のホテル、タクシー、レストラン経営者のために外国人観光客対応マニュアルを配っています。効果のほどはわかりませんが。

  4.  以前、アメリカでレストランに入ったら、なかなか注文を取りに来ない、やっと取りに来たら、今度が料理がなかなか出てこない、という事がありました。最初は、「日本ではないから、そういうゆるいところもあるのか」と思っていましたが、私よりも後から来たお客には注文を聞きに来ているし、料理も出てきているので、段々不安になってきました。

     「もしかしたら・・・差別されてる?」とか「私が何かマナーに反した事をしていて、暗に”とっとと帰れ”という事なのか?(いつも挨拶はしているし、勝手に席についたりしませんが)」とか「ウェイターの人に袖の下を渡さないといけないのか?」とか色々思いました。何か言うべきだったかもしれませんが、「これを下さい」「幾らですか」程度の英語力では、「私よりも先に来たあの人が食事をしているのに、どうして私の料理がまだ来ないのですか」などと言えるわけもありません。結局二時間近くかかって、嫌な汗をかきながら食事を済ませました。終わる頃には、「兎に角、これ以上何事も無く、この店を出たい」と安全料だとチップを弾みました。ウェイターさんは当然というべきかニコニコしていました。

     韓国でも、カフェでモーニングを食べて、次の日に又食べに行ったら、「ウチはモーニングはしていない」と言われ、「昨日ここで食事をしたんですよ」と言っても、相手にしてもらえず門前払いにされた事もあります(これは流石に反日感情というものなのかな)。

     「そういう店もある」のか、もし私に問題があったのなら、それは何なのか、未だにわかりません。これを以てその国や、その国の人を嫌いになったわけではありません。只、やはり不愉快な思いをするのは嫌なので、入らなければならない状況(連れがいる、とか)でなければ、レストランには進んで入らなくなりました。入っても「ちゃんとオーダーを取りに来るのか」とか「ちゃんと料理は出てくるのか」とか気になって、さっさと済ませて出たいと思ってしまいます。場合によっては、最初から安全料としてチップを弾んでスムースに食事をしようをしたりします(だからといって、サービスが特別良くなった印象もないので、単にカモになっているような気もします)。だから一人の時には、食事はファーストフードやカフェやベーカリーやいわゆるデリカで極力済ますようになりました。その方がくつろげます。

     この記事を拝見して、もし私がフランスへ行ったら、多分愉快な目には遭わないのだろうと思いました。だからといって、フランスという国やフランスの方に悪い印象を持ったわけではありませんが、そういう状況を楽しめるほど寛容であり続ける自信が無いので、行きたいなとは余り思わなくなりました。

    • わたしは色々ヨーロッパの国々にいきましたがホテルでも、レストランでもチップを払ったことは一度もありません。サービス料金は含まれているからです。アメリカは違うと聞きました。アメリカはわかりませんが、フランスでは丁寧でない店の方が実は多いです。しかし、実はそのような店をその後克服することがあります。それが楽しめるようになるまでが、大変ですが。店を口説き落とすテクニック、それがその国に真に認められたという意味だと思います。私なんて最初はコーヒーを頼んだらサンドイッチがでてきました(笑)精神のタフさが必要なのかもしれません。

      •  コーヒーを頼んだらサンドイッチ、ですか・・・なるほど。
        「店を口説き落とすテクニックが、その国に認められた証」という発想は、今の今までした事もありませんでしたが非常に説得力があります。
         私は恥ずかしながら、ヨーロッパへは行った事がありませんが、皆さんのお話など伺いますに、フランスは言われるように心身共にタフな方でないとなかなか楽しむという境地まで行き難い、上級者向けの国のような感じがします(別にフランスが悪いとか言っているわけではありませんよ)。

         私は押しの強い方では無く、又言葉にも自信がないのに、何故か海外一人旅へ行ってしまうので、行く時には現地の習慣、特に「やってはいけないこと」を調べました。一人なので、何かあっても誰にも頼る事が出来ませんから、可能限りトラブルを回避しようという発想になります。それでも、よその国の全ての習慣を知る事は出来ませんし、やはり現場に行かないとわからない事も多々あります。それに現地へ行けば、元々そういう性格なのかもしれませんが、自分はつかの間ここにいるだけの、習慣にも疎いよそ者の外国人だという意識が強く、郷に入らば郷に従わねばと、いつも控えめにしてしまいました(だからと言って、日本に来る外国の方達が控えめにするべきだとは思っていませんが)。
         概ねトラブルは無いのですが、上記のような事に出くわすと、人種差別か?というよりも、「私は何か非常識な事をしているのだろうか?思い当たる節も無いけど、ここは私の価値観が通用する場所ではないから、思いもつかない事もあるかもしれない」とか思ってしまう方が強いです。別に高邁な発想というわけでもなく、早合点してしまった後で自分に非があるとわかったら、やっぱりマズいだろうという事です。
         自分に非があれば改めるべきだと思うし、相手に非があれば、それを知って、次からは可能な限りそれを察知して対処しようかとも思いますが、考えても調べても理由がわからないと消去法で「じゃ、食事はなるべく簡単に済むところにしようか」となります。元々食事は静かにしたい方なので、隅っこの席でも全然気にならないし、窓際の目立つ席など案内されたら、かえって落ち着きません。ベーカリーのイートインでパンをかじりながら、本でも読んでいる方が性に合っています(連れがいると、流石にそういうわけにもいきませんが)。私はあしらい易い客なのかも。

         でも、皆さんが言われるように自己主張してナンボの社会に行って、いかにも引っ込み思案みたいな事をしていたのは、やはり私という日本人の無知の成せる業、なのかもしれません。

        • あなたの謙虚さは日本人らしく素晴らしいものですが、トラブルの原因を自分に求めすぎるなんてことはしなくても良いと思います。そんな特殊なしきたりなんてフランスや多くの先進国にはありませんよ。記事のように観光客を冷遇するなんて失礼な慣行に合わせる必要はありません。こちらが礼を尽くしているにも関わらずそういった対応を取られたなら怒れば良いのです。差別をされたら怒って良いのです。文句を言わず後でうだうだ考える方が精神上毒です。

  5. ガクトが泊まったのはパリの空港の近くのホテルだったと思いますが朝食に来ていた白人は全員フランス人だったから(空港そばにも関わらず)差別されなかったわけですか?良くガクトの文章から判断できましたね。また見た目がアジア人だから観光客と決めつけたのならこれも人種差別ですね。実際アジア系フランス人からこの種の差別は聞こえてきます。なぜここまでして他人が差別に傷付いた事実を矮小化しようとするのか理解できません。どういう意図だったとしても結果人種差別が疑われるようなことをしでかせば批判されるのは当たり前でしょう。観光客を差別・冷遇するフランスのしきたりを知らないことが無知無学だなんて驚きです。ちなみにニーハオと勝手に国籍を判断してニヤニヤしながらからかってくるのは明確な人種差別でありほっとけばいいなんて私は思いません。見下された目をされた、バカにされたという体験談も実際には本当に差別的であったのかもしれません。被害妄想と決めつけるその思い込みの強さと独善性の方が問題であり、旅先で冷たくされ差別されたかもしれない人たちに寛容さを持てと説いている場合ではないと思いますが。

  6. パリで「トレ(3人)」と言ったら感じ悪いチャンネーに「スリー?」と言い直され、奥の席が空いてるのにテラス席が空くのを待たされたことがあったなあ。
    男性の偉そうな人に諭されて奥のテーブル席に通されたけど。
    注文取りに来た別の男性は、私が憮然としてるのに気づいてかすごいフレンドリーだったが、件の女は私が睨みつけてるのに完全シカトしてた。
    今思えば、ケータイでガンガン写真でも撮ってやれば良かったなあ
    こういう経験があるから、パリの女は大嫌いです。

    • うーん、パリの女性は確かに高慢だなぁと私も思いますが、テラス席が空くのを待たされたというのは、その女性がそっちのほうがいいと思ったからでは?
      フランスでは、テラス席のほうが人気が高いレストランもたくさんありますし、何か意向があるのなら、それを言葉にして相手に伝えないと察してはくれませんよ?
      というか、睨み付けるくらいなら「奥のテーブル席が良い」と言えばいいのではないでしょうか?なぜ言葉にしないのですか?
      相手が察してくれるまで待ったり、こっちの意向をわかってくれるものとして行動するのは、日本では通用しますが、海外ではそうはいきませんよ。

  7. なるほど~
    大変勉強になりました

    私自身はパリジャンめっちゃ怖いわー絶対に行きたくないと思いながら娘のために泣く泣く行ったところ
    たまたまいい人にしか出会わなくて
    パリジャンっていい人ばっかり!また行きたい!
    となったくちなので本当に運次第なところなんだなと思いました。

    ただ、最近パリに行ってきた友人(アメリカ人。毎年パリに長逗留)の話では現地では緊張が高まってきていてアジア人に対する差別も激しくなってきていると感じたそうです。

    ルーブルの入り口に並んでいたらアジア人女性がひったくられて殴られたけれども回りにいた警備員も並んでいた人も誰も助けおこそうともしなかったそうです
    彼女の意見ではそれは事件に巻き込まれたくないとかではなくアジア人に対する人種差別からだと思うと。
    被害者が白人(ちなみに彼女は白人)であったならみんなまず助けに入ったでしょうねと。

    なので、席の場所の差別のほうが身の危険をはらむ差別よりもましかななんて思っちゃいました

    もちろんどちらも絶対にいけないことだと思いますが

    どこの国でも人種差別意識の強い人というのは教育レベルが低くて視野が狭いもの。
    その世界から引っ張りあげてくれて世界を見せてくれる人に出会うチャンスもない。

    世界中の全ての人に高レベルの教育が行き渡る日が早く来るといいですね

  8. Il est juste. S’il vous plaît accepter la culture.
    Nous Français, j’aime ce sentiment depuis le début.
    Donc, je ne le fais pas, donc je suis discrimination.