英会話教室で外人と話しても、国際感覚なんて全然養えないよ?
‐ 国際感覚(こくさいかんかく) ‐
国外のさまざまな文化や価値観を知り、自国内に限った観点ではなく国際的な観点からものを考えることのできる感覚。自国の常識に囚われず、より広い価値観や考え方で物事を捉えるセンス

 

世界がグローバル化するなか、いつかは自分も外国人とも仕事ができるように、そろそろ英語くらい話せるようにならないとヤバいんじゃないか?と思って、英会話スクールに通い始める人がいます。週に2週間英会話レッスンを受け、外国人講師と楽しく会話し、「これで俺もグローバル人材の仲間入りだ!」と意気揚々と誇ります。

マダムリリーは日本の某大手英会話スクールで働いていたころ、このような生徒さんを何人も目にしてきました。その度に、「日本の英会話スクールに通って、国際感覚が身につくと思ったら大きな勘違いだよ」と心の中で思っていました。

本気で外国人と良好な人間関係を構築できる人になりたかったら、英会話スクールに通うよりも、外人が集まるバーに行って、外人のお姉さんをナンパするほうがよほど国際的な感覚のセンスが磨かれると思います。

必読、英会話教室に行ってはいけない3つの理由 「なぜ上達しない?」という記事でも紹介しましたが、本当に国際感覚を養いたい人には英会話スクールは絶対におすすめしません。いや、むしろ英会話スクールに通えば、「国際感覚が身についた」という気になるだけ、長い目で見ればマイナスだと思います。

英会話スクールで外国人講師と話しても、国際感覚が全く身につかないのはなぜか。
それは、英会話スクールという環境が、所詮は“ごっこ遊び”に過ぎないからです。

そこで今回は、「英会話教室では国際感覚なんて全然養えない理由」を3つ紹介します。あなたは、これでも英会話スクールに通う意義があると思いますか?

1外国人講師=個性が死んだ外人マスコット

英会話教室で英語を教えている外国人講師は、そこらへんにいる普通の、自然体な外国人とは根本的に違います。会社によって個性を消され、日本人カスタマーが好む「外人マスコット」として作り上げられた人です。完璧で非の打ちどころのない便利な日本のサービスに慣れ切っている日本人のお客様用に改造された人材なわけです。

英会話教室では、例えば「レッスン中は一度も席に座ってはいけない」や、「○㎝のハイヒールに、薄化粧で出勤すること」、「常に笑顔で接し、休み時間も生徒に話しかけること」といった細かいルールがあります。

英会話教室と言っても、結局は客商売のサービス業。生徒さんに評判のいいスクールをつくらなくてはいけないので、こういったルールが存在しているのですが、同時にこういったルールがあるせいで外国人の個性を消してしまっています。外国人の個性を消すとはつまり、外国人が持っている「文化を消す」のとイコールです。

レッスン中でも、講師も生徒も肩の力を抜いてリラックスし、自信のあるように胸をそらして座るというのが、欧米の文化ですが、これをこのまま日本に応用することはできません。外国人講師には「椅子の座り方」からいちいち細かく説明し、教育します。

すると、どうでしょう。せっかく日本とは違った文化を見せてくれるはずの外国人が、日本人化してしまうのです。いくら顔や体つきが外国人であっても、彼らの行動全てが“日本人好み”

このような外国人と接していて、自国の常識に囚われず、より広い価値観や考え方で物事を捉えるセンスなんて身につくと思いますか?日本の常識を元に、個性を消されてしまった外国人とコミュニケーションをとっていて、一体何が学べるというのでしょうか?

本当に、自国の常識に囚われない国際感覚を養いたいのであれば、「日本では考えられないようなありえない外国人の言動」をたくさん目の当たりにするべきです。

常に、外国人のほうから話しかけてくれるような生ぬるい環境(英会話教室)ではなく、自分から動かないと何も学べないような場所にとびだしましょう。気分を表情に出されて不安になったり、ストレートに自分の悪いところを指摘されて驚いたり、相手の時間のルーズさにイライラしたり、文化の違いから相手に誤解を与えたり、相手を誤解したり…。

そういうことの積み重ねで場数を踏んでいくことが、「国際感覚を養う」ことに繋がるのではないでしょうか。お金を払って、お客様扱いされている環境で、国際感覚を養えると期待すること自体、はっきり言って「考え方が甘い」と思います。

2外国人にクレームを言えない日本人

私が働いていた英会話学校では、外国人講師に対するクレームをよく聞かされました。
「今日はジョン先生に質問したかったのに、話を聞いてくれなかった」、「授業の後に先週のわからなかったところを教えてくれる約束だったのにそうしてくれなかった」…などなど。

こういう生徒は、なぜ本人に言わないのでしょうか?本人に言えばそこで済むことなのに、代わりに社員や日本人講師にこういったクレームを言います。そこで本人に確認すると、決まって外国人は「言ってくれれば良かったのに!」と言います。

日本人の生徒さんのなかには、問題解決や波風が立ちそうなことを全て日本人に丸投げする人がいますが、これは本当に外国人講師が嫌がる行為です。自分には「先生の英語はわかりやすい!」、「いつもレッスンが楽しい!」と褒めたたえてくれるのに、裏で、日本人しかいないところで悪口を言われたと感じ、とても傷つきます。こういった行動から、「あの日本人は不誠実、裏表が激しい」と、勘違いすることにも繋がるのです。

日本人の生徒さんの立場からすると、「自分はお金を払っている客の立場なので、運営者側でどうにかしてほしい」と考えているのかもしれませんが、この考え方自体がそもそも“日本的”で、日本の常識の押しつけなのではないでしょうか。

本気で国際感覚を養いたいと考えているのなら、クレームもその場でさらっと感じよく、はっきりと言えるようになるというのが筋だと思います。しかし、「お金を払っている」という甘えのなかでは、そんな感覚は身につきません。

3日本人の話す英語に慣れ切っている

英会話教室では、外国人と人間関係をつくるコミュニケーション能力を養えないだけではなく、英語力も身につきません。外国人講師は何度も言いますが、普通の外国人とは違うのです。

英会話教室で働いている外国人講師は、日本人の話す英語に慣れています。LとRの発音の違いがわからない、冠詞の使い方がわからない、”Hello, Nice to meet you. “で会話を始める、”I’m a salaryman.”と自己紹介するなど、日本人が英語で間違えやすいところを熟知しています。

これは、私も逆の経験があります。例えば日本語を学んだばかりの外国人は、「わたしのすきのこと は におんごを はなすのことです」とか、「わたしがにほんごがあまりジョズじゃありませんから、すみません」のように、一瞬つっかえて頭が?となるようなことを言います。1つのセンテンスが短ければ意味も分かりますが、長い文になると全く意味が取れないこともしばしば。しかし、この外国人が話すわけのわからない日本語も、何度も何度も聞いているうちに、何となく言いたいことが何なのかわかってくるようになるから不思議です。

このように、英会話教室にいる外国人講師は、日本人のもつ発音の癖や間違いやすいポイントを理解しているので、海外で出会う外国人とは全く違うわけです。

実際に海外へ行ったり、国際的な場で会話しなくてはいけなくなったときに、「想像以上に通じない」というショックを受けてしまう生徒さんが多いのはこのためです。英会話教室で外国人講師と話す時は、「この外国人は日本人に特化している人」だと認識しておいたほうがいいでしょう。

 

まとめ

要するに、神様のような存在の「お客様」として接してもらえる場で、国際感覚を養えると期待することが甘いのではないでしょうか。「自国の常識に囚われない」というのは言うほど簡単なことではなく、海外生活をしたから、英語を話せるようになったからといって、国際感覚が身につくわけではないと思います。

本気で国際感覚を身に付けたければ、“本物の”場数をたくさん踏んで、たくさんの失敗をすること。

失敗が存在しない英会話スクールが、所詮はごっこ遊びに過ぎない理由がおわかりいただけたでしょうか。

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4 コメント

  1. 国際結婚し海外に暮らす身で有りながら、日本で英会話スクールに通った事が無かったので、目からウロコのお話でした!
    ただ、リリーさんが講師側だから受講生からの目線で見ると、動機が国際感覚を養いたい等という立派なものは表向きで(本気の方もおられるでしょうが)、単に何かやってみたいと文化教室的に考えているか、会社がTOEIC何点以上で昇給しやすくなる、または希望の異動を叶えやすくするためか、資格取得支援等の手軽さでまあ手始めに英会話かなといった理由が多いかなと思います。それであれば、楽しんで英会話出来るなら良いんじゃないかなと感じました。
    正直なところ、大手英会話教室は内容の割に高そうと言うイメージが私にはあります(ごめんなさい!)。だから講師がむしろ教育されてウケが良くないと、すぐ辞めてしまう方が実は殆どではないでしょうか。息抜き目的が本音なら多分ごっこ遊びで良いのです、一つの学びの世界としては完成しているように見受けます。
    仕事で国際理解を求められる状況では、各々の分野の専門家が集う研究会や、母校の大学主催の活動等にまず参加するなど地道に世界を広げていました。
    個人的な意見ですが、国際感覚を養うには、本場でなくても本物の国際感覚がある日本人からでも何ら問題無いからです。英会話も、教え方が上手な日本人からでも私はとても上達しました。
    学ぶ側にも棲み分けが出来ているなら、良いのではないかなと感じます。

    • 確かにそうですね。生徒さんのなかでも、特に会社から授業料が支給されているビジネスマンなんかは全員ではありませんが、とりあえず出席しているという感じです。
      他にも英語を学ぶことではなく、英会話に通うのが趣味という人もいましたし、通う理由は多種多様でいいと私も思います。
      ただ、この生徒側の態度が先生のモチベーションを下げるというのも事実です。英会話の生徒だけでなく、日本では一般的に「お金を払っている側はどんな無礼をしてもいい」という暗黙のルールがありますが、
      もう少し、客とお店側が対等な関係になれたらいいのにな、と思います。あ、ちなみに私は講師ではなく、運営側の社員でした。

  2. すごくわかります。
    「英語が話せれば国際人」と思ってしまう人、少なからずいますよね。
    英語は、もちろん日常で使う状況がなければ学ぶしかありませんが、本来言語というのは学問ではないと思います。外国人と話すために英語を使うのじゃなく、英語を話すために外国人と話すのでは、本末転倒もいい所。言葉はコミュニケーションのための手段に過ぎない。使わなければ、そして通じなければ意味がないですよね。
    外国に住んでいて、旅行に来た日本人と会うと、文法的に完璧なのになぜか通じない人と、片言なのに自分の要求を伝えられる人とがいます。どちらがサバイバル力があるかと聞かれたら…言うまでもありませんね。
    あと、日本にはお金を払えば外国も”サービス”として手に入る、と思わせるような物も溢れていますよね。
    パッケージツアーの広告を見れば、ほとんどの日程が素敵な予定で埋め尽くされ、自分で調べる必要もない。雑多な手続きも言われた通りにしていればいいし、万一の時にも安心、日本語対応の添乗員が同行してくれる。これに参加しても、外国を旅行したことにはならないんじゃないかと私は思います。いい所も悪い所も見なくちゃ、その国を本当に知ったことにはなりません。
    悪口ばかり書いたような気がしますが、繊細で気遣いができ、ひとたび何かを手にすればそこからオリジナルを超えるものを創り出せる日本人はとても素晴らしいし、日本人として生まれた事も誇りに思いますが、数少ない気になる部分を吐き出させていただきました。
    国際感覚とは、全く違う価値観の中に1人で飛び込んで、揉まれながら生きていって初めて養われるものだと私も思います。