NOOOOOOO!

突然、旦那の叫び声が地下鉄の駅構内にこだました。手をつないでいた彼は走って私のもとを離れ、通ったばかりの改札へ引き返し、「おぉー」と大声をあげて助けを呼んでいる。


どうしたの?何があったの?私は茫然と立ち尽くした —

それから30分前。
私たち夫婦は、パリの高級ブランド店が並ぶヴァンドーム広場にいた。世界初のシャツ専門店、シャルベ(Charvet)パリ本店で、ネクタイとハンカチーフを購入した帰りである。ネクタイ150ユーロ(約1.7万円)と、ハンカチーフ80ユーロ(約1万円)を買い、「お金使っちゃったね」と会話しながら旦那と手をつないで歩いた。

パリの地下鉄で刃物を向けられ、強盗に遭って学んだこと
パリの高級紳士アクセサリー店、シャルベの店内

買ったばかりのシャルベの袋を片方の手に持っていた旦那が、言った。

「こうやってブランド物の袋を持っていると、危ないよ。バックにしまったほうがいい。」

しかし、私のバックのなかはすでに荷物でパンパンだったし、シャルベなんてブランドはシャネルやグッチのように広く知られているお店でもないから大丈夫でしょう、という話になって、そのままコンコルド駅まで歩いた。

駅で切符を財布から取り出し、改札を抜けたところで、急に旦那が「ノー」と叫んだのだ。この時、私が一番に思ったのは、「スリに遭いそうになったのかな?」である。私は状況を把握することができず、とりあえずその場にいる人と同じように、大声を出す旦那に気をとられていた。旦那はさっき通ったばかりの改札をまたぐ。

この時になって、「そういえば旦那の隣に誰かいた」と思い出したので、振り返ってみる。すると、帽子をかぶって、サングラスをした小柄な男性がナイフを持ってこちらに歩いてきた。そこで初めて事態を飲み込んだ。強盗に遭っているのだ。体中に戦慄が走っていくのを感じ、卒倒しそうになる。

「こっちに来い!」

旦那の叫び声に目を覚ました私は、必死で改札を抜け、彼のほうへ走っていった。彼は持っていたシャルベのバッグを駅の窓口に投げ入れて、また叫ぶ。

「こいつは刃物を持っている!」

パリの地下鉄駅で刃物を向けられ、強盗にあって学んだこと

この日は、ニースの大量殺人事件が起きた独立記念日の翌々日だったので、その場にいた人がすぐにテロを連想したのは言うまでもない。必死の形相で、どの人も改札付近から走って散っていく。

その様子を見ながら、私も「逃げなきゃ!」と思ったのだが、怖くて足が動かなかった。足だけじゃない。体全体が動かなかった。声が出ない。息もできない。ただただ、怖い…

犯人はナイフを持ったまま改札を抜け、今度は窓口の前に立ち、「バッグを渡せ!」と言った(そうだ)。実は、ここら辺のことは後から周りにいた人に聞いたことで、あまり覚えていない。駅員は警察に電話をかける。

あきらめた犯人は、速足で駅の出口へ逃げていった。

そこで、わっと、急に涙が出た。

旦那が最初にノーと叫んだ時からここまで、わずか30秒くらいの出来事だった。

結論から言うと、誰もケガすることなく、金品を奪われることなく、運が良くて本当によかったのだが、初めての経験だったので精神的ショックが大きかった。犯人が逃げてから警察が来てもしばらくは、犯人が戻ってくるような気がして、何度も出口を確認した。事情聴取で旦那が話したことによると、改札を抜けたところで袋が引っ張られるような感覚がして振り向くと、そこに刃物を持った男がいて、「バッグをよこせ」と言われたそうだ。それに対しての「ノー」という叫び声だったのかと、私はこの時になって初めて理解した。

この貴重な経験をして、私が感じたこと、学んだことをここで紹介したいと思う。私たちの反省や気づきをシェアすることで、これを読んだ人が防犯意識を高め、こんな怖い目に遭う人が一人でもいなくなれば幸いである。

 

パリの地下鉄駅構内で、刃物を向けられ、強盗に遭って学んだこと

1. 実際に強盗に遭うと、考えたり、状況を分析する時間がない
何もかもが一瞬のことなので、考える時間はない。旦那曰く、彼が強盗に遭って最初に理解したことは、「犯人の狙いは袋の中身である」ことと、「周りにたくさんの人がいる」という2点だったそうだ。


そこで彼は犯人との距離を開け、周りの人に気が付いてもらえるように大声を出し、袋を窓口に投げ入れるという行動に出た。しかし、考えて行動したわけではなく、本能的に動いたという感じで、後から分析すると自分の行動は愚かだったと反省している。

2. 袋を渡せばよかった
彼が一番反省しているのは抵抗するのではなく、袋を犯人に渡してしまえば良かったということだ。結果的には無事でよかったのだが、あまりにもリスクが高い行動に出てしまったことを後悔している。刃物で脅されたときは、抵抗せず、金品を渡してしまったほうがいい。

3. ブランド物の袋は持ち歩かない
私が一番後悔しているのは、「なんであの時旦那の言うことを聞いて、無理してでもバッグにしまわなかったんだろう」ということだ。狙われやすいのはわかっていたのに、防犯を怠った自分の考えの甘さを呪った。もっと気をつけていれば防げたのに…と、自分を責め、後悔した。

4. 犯人が何をしだすかわからない←これが一番の恐怖
何が一番の恐怖かと言うと、犯人の行動が読めないことだ。犯人がどれだけの危険人物かわからないし、どれだけ動揺しているのかもわからない。刃物を出したのは脅すためで、本当は人に危害を与えるつもりはないのかもしれないし、人を殺したことのある前科者かもしれない。先の行動が読めないから、それを探ろうとして犯人の様子をよく観察しようとし、背中をむけて逃げることができなかった。

5. 刃物を向けられると、情けないほど何もできない
後から考えれば、ああもこうもできたと分析できるのだが、実際に目の前で刃物を向けられると怖くて、情けないほど何もできなかった。「スリに遭ったら声を出そう」と日頃から思っていたのだが、一言も声を出すことすらできなかった。

6. 犯人も迷っている
振り返ってみると、犯人も計画が失敗して、どう行動しようか迷っていたように感じる。犯人の行動は俊敏ではなく、どちらかというとゆっくりした動きをしていた。旦那が大きな声を出した時点ですぐに逃げなかったのは、犯人も大きなリスクを冒して犯行に及んでいるので、簡単には引けなかったのではないかと思う。

7. 向けられたのが刃物ではなく、銃だったら
銃が向けられていたら、もっと怖かっただろうと想像する。すぐに両手を上げて、バッグを差し出すだろう。動揺した犯人が誤って引き金を引いてしまうリスクもあるし、怪我で終わらない可能性がぐっと上がる。銃社会というのは、本当に恐ろしいと改めて思った。

8. 大切な人と離れる、という発想にはならない
旦那曰く、狙われているのは自分なので、犯人は自分を追いかけてくると思ったそうだ。実際にその通りだったのだが、彼の誤算は「私の行動」だった。私が彼の後をついて行き、彼と犯人の間に入ってしまった。そこまでの想像はできなかったらしい。

私の立場から言うと、このような危険な事態になったときに「旦那と距離的に離れる」という発想は最初から全くなかった。結果的には、最初の場所から動かないでいたほうが安全だったのだが、わざわざ危険なほうへ移動するという何ともアホな行動に出てしまった。

しかし、これは大切な教訓だと思う。自分が誰かに狙われたとき、子どもや妻を守るために彼らのもとを離れるという選択はあまり良いものだとは言えない。本能的に、信じて頼っている人のそばを離れたくないと思うし、またその人の身を案じるので、考える時間のない状況ではついて行ってしまうからだ。

9. すぐに家には帰らない
犯人が逃走し、自分たちはもう無事だということがわかって、私たちが同時に思ったのは「早く家に帰りたい」ということだった。家に帰って、ホッとしたいと猛烈に思った。しかし、私たちは敢えてすぐには帰らないという選択をした。抱いた恐怖が、そのままの状態で残ってしまう気がしたからだ。外を出歩くことが怖くならないように、駅や電車を乗り継いで、狙われたときと同じように手をつないで歩くことにした。「溺れる経験をしたら、すぐにまた海へ入れ」戦法である。あえて、その後も計画通りに買い物を続けた。

これは、本当に良い選択だったと思う。あの後すぐにタクシーなんかで帰っていたら、外に一人で出歩くのが怖くなっていたかもしれない。「怖い人ばかりではない」という現実を叩き込めるまでは、あえて外を歩くことをお勧めする。

10. たくさんの人が声をかけてくれた
帰り道では、たくさんの人が励ましの声をかけてくれた。

「大丈夫?怖かったでしょう。」、「私も怖かったわ」、「怪我はなかった?」、「何か盗られたの?」、「本当にひどいことをする人もいるのね」、「怪我がなくて何よりだわ」…

自分と同じ気持ちをシェアしてくれている人がいることを知り、自分を労わってくれる優しい言葉を聞いて、心底ホッとした。怖い目に遭った後すぐは、世の中のすべてをネガティブに捉えてしまいそうになったが、こういう他人の優しい心に触れていくなかで、心がほぐれていくのを感じた。

 

おわりに

以上が、私が強盗事件の被害者になって感じたことである。これを読んだ人が、私のように防犯を怠ったり、強盗を甘くみたりせず、強盗の被害に遭う人が一人でも少なくなればいい。そういう思いの一心で、この記事を書いた。なかには防ぎようがなく、犯罪の被害者になってしまうこともあるだろうが、犯罪を未然に防げる手段を知っておくのは損にならない。これを機会に、私たちが防犯対策でできることを調べておこう。


2 コメント

  1. リリーさん、怪我なく本当によかったです。旦那様も無事で何よりでした。

    防犯対策は予行練習しとかないと、いざという時なかなか反応できないですよね。パートナーや家族と事前に話し合うのも大事そうです。

  2. 人を見たら泥棒と思えという諺があります。警察に被害届をすることと事例と大使館に報告すべきです。一方、事前に外務省の各国の治安情報を参考にすることをお勧めします。特にパリの状況は手口など事細かに注意喚起されています。パリなどの大都市ではシェンゲン協定以降、東欧、中近東、アフリカや中南米などからのプロの窃盗団がうようよして標的になります。事後、狙われた原因がおのずとわかると思いますが何らかスキがあったはずです。特にパリの地下鉄通路、場所によっては暗く迷路のような死角のある通路もあり不安になることもあります。時間帯にもよりますが目立つようなルンルンしたショッピングの後はタクシーでの移動がベストではないでしょうか。過去においてオペラ座近くの路上でロマらしき子供らに囲まれる寸前、察知したのでで堅いビジネスバッグで相手が負傷しても構わないので追い払った事や黒人のグルにあったりしています。尚、中には悪いフランス人もいますので安易に信用しないことですね。被害に遭わないためにも予防策として目立たない日本人らしくないみすぼらしい服装も含め必要最小限での外出が良いでしょう。単独の観光では携帯も必要なく多少の現金とパスポートの写しと帰りの為、宿泊先のカードがあれば十分でしょう。

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