好きな四字熟語が「以心伝心」の人は、楽したいだけの自己中。
写真:Flicker - Spyros Papaspyropoulos

「以心伝心」という、いかにも胡散臭い四字熟語が嫌いだ。

言葉を使わなくても互いの心から心に伝えるなんて、超能力者や霊媒師じゃないんだから、そんなことできるわけがない。親子であっても夫婦であっても、長年の親友であっても、基本的には不可能だ。現実主義者の筆者は、「相思相愛だったら気持ちが伝わるはず!」なんていうロマンチックな幻想をこれまで抱いたことはないし、そういう場面はこれまでにあったのかもしれないが、全て「偶然」で流してきたような気がする。


特に、フランス人と結婚し、フランス家族のなかに入って生活するようになってからは、ますます「言葉で伝えることの大切さ」を身に染みて感じるようになった。フランス人は、喜びも悲しみも、愛情も怒りもそのままストレートに表現する。どんな人間関係であれ、そこに「言わなくてもわかってよ」という変な期待がないからだ。

日本人もフランス人のようになれとは言わないが、コミュニケーションはその人間関係がどんなものであれ、「言わなきゃ伝わらない」を基本スタンスにするべきだ。例えば、結婚したときに愛していると伝えたのだから、妻にいつもいつも「愛してる」と言わなくてもわかっているだろうという男性がいるが、これは怠慢以外の何物でもない。

結婚した当時の言葉が、冷凍した食パンのように、都合のいい時に取り出して味わえるものではない。結婚当時の思い出は永久保存されるわけではないし、月日とともに薄れていく。今なにを考えているのか、今私のことをどう思っているのか知りたいという妻の切なる願いを無視し、「面倒臭い」と言っては怠け、「照れくさい」といって自己中心的に振る舞っていれば、相手の奥さんが将来自己中心的に振る舞うようになっても文句は言えない。

「言わなくてもわかって!」という女性も同じだ。よくカップルの会話で、

男: なに怒ってんの?
女: いや、別に怒ってないってばっ!!
男: やっぱり怒ってんじゃん!なんだよ。
女: もう!私がいちいち言わなくてもわかってよ!

という喧嘩があるが、これも女性側の「甘え」だと思う。言わなくても、私がどうして怒っているのかわかってよ!と男性に迫るのは、「おしめが濡れて気持ち悪いんだからどうにかしてよ」といって泣く赤ん坊と大して変わらない。とても幼稚な行動だ。言葉で説明しなくても、怒っている理由を察しろなんて、そんな無茶な推理ゲームがあるだろうか。男性からしたら理不尽極まりないし、恋愛中なら面倒になって別れる、という決断をする人もいるだろう。


大体、「以心伝心」を信じるなんて、結局は自分が楽したいだけの自己中なんじゃないかと思う。仮に、気持ちを言葉にしないで相手に伝わったとして、その場合、得するのは楽ができた自分だけ。相手はむしろ、「わかっているけど、あなたの口からその言葉を聞きたかった」と思っているはずだ。

確かに50年連れ添った夫婦なら、いちいち「愛しているよ」なんて囁かなくても、互いに気持ちが伝わりあって、まさしく「以心伝心」ができるのかもしれない。しかし、それでは結婚生活が何年以上なら「以心伝心」のコミュニケーションができるかというと、その線引きは難しいし、死ぬまでわかりあえない夫婦だって世の中にはごまんといるだろう。

やはり、基本は、言葉にしないとわからない。「私たち、言葉にしなくてもテレパシーで通じ合うの♪」と言っているカップルがいると、「危ないなぁ」と老婆心ながらいつも思ってしまう。言葉にしたって減るものでもないし、相手が喜んでくれるのだから、結婚生活が何十年になっても愛を伝えてあげたほうがいいだろう。言って得することはあっても、損することはないわけだから。

とはいえ、超面倒臭がりな筆者も偉そうなことは言えない。パートナーにいちいち「愛している」と伝えるのは面倒だという男性の気持ちはとてもよくわかるし、伝えたところで、タイミングや言葉回しが下手くそだと自分でもわかって、何だか恥ずかしい気持ちになる。だから、素敵な言葉は「ここぞ!」という時のために節約したい、というのも何となくわかる。

ただ、これまでの人生で、自分が言われて嬉しかった言葉を思い浮かべてみると、それを言葉にされないで、果たして理解できたかというと、そうではない。やはり、相手が言葉にしてくれて、それを自分に言ってくれたから、心が明るくなったり、和んだり、勇気や希望が持てて、温かい気持ちになれたのだ。

やっぱり、言うと、言わないとでは雲泥の差である。自分の気持ちは同じでも、相手に与えるインパクトは天と地の差だ。

だから、気持ちは言葉にしよう。

あなたが話さないと、周りはあなたのことはわからない。言わなきゃ、やっぱりわからない。

もっと言葉に使用。気持ちは伝えられた方、伝えた方のどちらにもプラスにしかならないのだから。


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