【書評】日本人の英語~英語は英語で考えるを実現するための本

海外のサイトを見ていると、たまに英語でコメントしている日本人を発見します。「私は日本人です」とはっきり書かれていなくても、何となーく文体から「この人は日本人だろうな」と想像がつくのですが、これってどうしてでしょうか?筆者自身、こういう「日本人らしい英語」をおそらく書いているので、他人のことを悪くは言えませんが、書かれた英語から”日本人らしさ”が醸しでてくるのはなぜだろう?と以前から思っていました。

その答えとなるのが、今回紹介する『日本人の英語』という本です。日本の大学で日本人の書く論文を添削する仕事もしているアメリカ人の著者、マーク・ピーターセン氏の作品です。1988年に第一刷が発行されて以来、英語学習者の定番本として多くの人に読まれてきました(2016年3月4日現時点で、第77刷が発行されるほど!)アマゾンのカスタマーレビュー評価も非常に高い一冊です。

この本は、ある程度英語を使う環境にある中・上級者におすすめ。ネイティブが書いたような英文が書けるようになりたいという人にぜひ読んでもらいたいです。


【著者紹介】 マーク・ピーターセン (まーく ・ ぴーたーせん)【書評】日本人の英語~英語は英語で考えるを実現するための本
アメリカのウィスコンシン州出身。コロラド大学で英米文学、ワシントン大学大学院で近代日本文学を専攻。1980年フルブライト留学生として来日、東京工業大学にて「正宗白鳥」を研究。

日本人の英語

日本人にとっての問題点

マークさんがこれまで見てきた限りの日本人の英文のミスの中で、意思伝達上大きな障害と思われるもの大別し、重要なものから順に取り上げてみると、次のようになります。(以下、本文抜粋)

  1. 冠詞と数. a, the, 複数、単数などの意識の問題。ここに英語の論理の心があり、観念の上では、この二つ(冠詞と数)を別々に考慮することは不可能に近い。
  2. 前置詞句. 英語には前置詞(to, at, in, on, about, around など)がきわめて多いので、それによって非常に繊細な区別がつけられるが、その反面、トラブルメーカーになりやすい。
  3. Tense. 文法の「時制」。日本語には、時制の代わりに「相」(aspect)というのがあり、tense自体がないというところからさまざまな奇妙な英語が生ずる。
  4. 関係代名詞.  that, which など。用法は完全に論理的で、基本的には使いやすい品詞。
  5. 受動態. 論文に目立つ受動態の使いすぎ問題を考えてみる。
  6. 論理関係を表す言葉. これには因果関係を表す言葉(consequently, becauseなど)から、もっと微妙な関係を表す言葉(thereby, accordinglyなど)まで、英語にも日本語と同じく、非常に豊富にあるが、英語と日本語の違いから使い方に問題がでてくる。

どの項目もきっちり論理的に説明されている印象を受けました。なかでも、特にためになったと思うのは、1の「冠詞」。筆者自身、これまで英語ネイティブと話してきて、「冠詞」が案外とても重要なんだということに何度も気づかされてきたからです。aをつけるか、theをつけるか、それとも何もつけないか。冠詞を正しく使えなかったがために、意味が通じないことも少なくありません。「冠詞」って単純に思えて、とても奥が深いんですよね。

【書評】日本人の英語~英語は英語で考えるを実現するための本
画像:フルーツフルイングリッシュ

筆者の場合、フランス語でも定冠詞にするか不定冠詞にするかでよく悩みます。やはり、冠詞がない日本語を使う私たちにとっては、「冠詞」という概念を理解するのは容易ではありません。それでは、こんな複雑で厄介な冠詞を、英語のネイティブたちはどのように捉えて使い分けているのでしょうか。

本著では、このように説明しています。(以下、本文抜粋)

 

a は名詞につくアクセサリーではない

日本の英文法所では”a (an)”の「用法と不使用」を論じるとき「名詞に a がつくかつかないか」あるいは「名詞に a をつけるかつけないか」の問題として取り上げるのが普通である。ところが、これは非現実的で、とても誤解を招く言い方である。ネイティブ・スピーカーにとって、「名詞に a をつける」という表現は無意味である

英語で話すとき―ものを書くときも、考えるときも―先行して意味的カテゴリーを決めるのは名詞ではなく、a の有無である。そのカテゴリーに適切な名詞が選ばれるのはその次である。

もし「つける」で表現すれば、「a に名詞をつける」としかいいようがない。「名詞に a をつける」という考え方は、実際には英語の世界には存在しないからである

この発想の転換は非常に意味があると思いました。私たち日本人は中学生の頃から、”この英文には a と theのどちらが付きますか?”、”この名詞には冠詞をつけますか?”、”(  )に適当な冠詞をつけなさい。”など、英語のテストで「冠詞」の文法問題をいくつも解いてきました。学生時代の刷り込みから、「冠詞は名詞につけるものだ」と無意識のうちに認識してしまっている人も多いと思います(筆者もそうでした)。

しかし、この発想自体が間違えだったのだと、この本を読んでハッと気が付きました。名詞を思いうかべる以前に、それが限定的なのか、一般的なのかを意識したうえで冠詞を選び、その冠詞のあとに名詞で繋げてあげる。これが、ネイティブが普段無意識のうちにしていたことだったのだと、英語ネイティブの頭のなかを覗けたような気がします。マークさんはこのように締めくくっています。(以下、本文抜粋)

つまり、a というのは、その有無が一つの論理的プロセスの根幹となるものであって、名詞につくアクセサリーのようなものではないのである。まるでファッションのルールのように、また誰かが恣意的に「正しい付け方」を決めたかのように「この類の名刺には冠詞をつけなさい」または「…つける」というふうに解説されている「冠詞用法」をみると、実に不思議な感じがする。

これは、確かに英語ネイティブから見ると、ごもっともな指摘だと思いました。

 

愛されている「したがって」

このように、日本の学校の英語の授業で教えられていることと、実際にネイティブが話す”生きた英語”では、観念が異なるケースがよくあります。英語を学習すればするほど、「なーんだ、学生の時にあれほど必死に覚えた表現なのに、実際には全然に使わないじゃん!」と気が付くはずです。例えば、大学の受験勉強のときに、何度も問題用紙にでてくる頻出単語「Accordingly」もそのひとつです。著者のマークさんは、この表現についてこのように解説しています。(以下、本文抜粋)

日本語の論文をみると、因果関係を示す表現として 「したがって、…」ほど日本人に愛されている言葉はないような気がする。「したがって、…」の一度も使われていない論文は見た覚えがない。それでは、それを英語でどう言えばよいかというと、”Accordingly, …”や、”Consequently, …” というのが一般に正しいと受け入れられている説となっているようである。したがって、英語のネイティブスピーカーが書いた英語論文より、日本人の書いた英文には”Accordingly, …”や、”Consequently, …”が圧倒的に多い

それは必ずしも間違いではないかもしれないが、私の見てきたかぎりでは、半分以上は不自然な言い方で、添削を経て生き残るものは少ない。

この部分を読むまで意識したことはなかったのですが、確かに、”Accordingly, …”を日本語の「したがって、…」と同じ意味で使っている英文は皆無だと思いました。このように、日本の英語教育で変に刷り込まれてしまった「おかしな英語」を知る意味でも、本著はとても役に立つと思います。

 

最後の問題は流れ

著者のマークさんが本著を通して、最も読者に伝えたいことは、この本の最後のこの文章に秘められていると思いました。(以下、本文抜粋)


最後の問題として「英語の流れ」に熟達しようとするなら、なるべく日本語を頭から追い払って、英語を英語として考えるしかないような気がする。むろん、日本語の環境のなかに生きていながら日本語を追い払えといわれても、そう簡単なことではないのはよくわかる。しかし、やってみれば、それだけの価値のある、面白くメンタルな刺激もあると思う。

この本の最初の章で触れた私自身の日本語とのそもそもの出会いという経験を振り返ってみると、鉱石ラジオの説明書にある「日本人の英語」を見たときと比べて、現在の私の「日本人の英語」に対する見方は随分変化してきている。日本語の環境のなかに長く暮らしたために、その変な英文が何を言おうとしているか、理解できるようになった。その英文を書いた人のことを想像し、その変な英文が出てきたのにはそれなりの理由があると考えられるようになった。

それが外国語を学んで得られるもう一つの価値であり、それは言葉以上の何かであるように思う

本当にその通りだと思います。自分が伝えたいことを、どう伝えるのか。それには、日本語以外にも様々な方法があることを知る。これが言語学習の醍醐味であり、言語学習は、文化を学ぶこととイコールだとされるゆえんなのではないでしょうか。

 


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