日本人は何年かけても英語が喋れない!外国人英語教師から見た本当の理由5つ

 日本人は学校で6年も英語を習っているのに、話せる人がこんなに少ないのはなぜか?

これは日本で英語を教えている外国人共通の疑問であり、飲みの席でよく盛り上がる話題だと筆者のアメリカ人の友人(元日本在住英語教師)が言っていました。日本人はなぜ英語が苦手なのか?これには色々な仮説があります。

例えば、「日本語を英語に置き換えるから」とか、「日本人はシャイだから」とか、「そもそも必要ない」とか…。今回は、これらの通説を否定した日本在住外国人Ken Seeroiさんのブログが面白かったので、ここで紹介したいと思います。みなさんは、彼の分析をどう思いますか?


 

Why are Japanese so Bad at English?

「日本人が英語を話せない理由」のウソ

1. 日本語を英語に置き換えようとするから話せない
これはウソ。日本語をそのまま英語に直して置き換えても、意味は通ることが多いから。
Ex.) 英語が出来ません (I Can’t Do English)

2. 日本人は英語を知らないから話せない
これもウソ。実際に日本人と話してみると、日本人は多くの英語を知っていて驚く。日本人は本当は英語をよく知っている人たちだ。

Kenさんが田舎のそば屋で、年寄りの農家の人たちと会話した時のこと。彼らは知っている英単語を片っ端から言っていたのだが、数字や色の名前、動物、食べ物、乗り物、家電の名前の他に、“straight,” “curve,” “hot,” “cold,” “big,” “small”などの単語も知っていた。田舎の年寄りでさえ、“mania” や “fantastic”なんて英語を知っているんだから驚きだ。若者なら当然、もっと知っている。高校を卒業するころには、十分に会話が成立できるくらいの単語を誰もが知っている。

3. 日本人はシャイだから話せない
これは言い訳でしかない。僕は多くの日本人上司がいるが、日本人は望むなら恐れるほどの自己主張の強さを発揮できる人がいる。なかには、バカっぽく思われたくないから英語を話せないと理由づける人もいるが、それはなにも日本に限った話ではないだろう。いやむしろ、アメリカなんかで英語を話してみるより、日本でチャレンジしたほうがよほど気が楽だ。アメリカのように「英語で話せよ!」と怒られることもないんだから。

日本人が英語を話せない本当の理由5つ

1教育カリキュラム要因1:授業補強時間の少なさ

英語⇔日本語置き換えメソッドが通用しないというわけではなく、授業で習ったことをバックアップするための時間が日本の英語教育では足りていない。日本の学生は週に1-2時間の英語の授業で、文法や語彙を学ぶ。そして、それで「学習」は終わりであるため、その後すぐにシベリアに投げ出されるような状態になってしまっている。

日本の子供たちはたくさんの英語の言葉を知っているし、文法的知識も豊富なのに、それを実際にどのように使うのかを学ぶ場がない。要は習ったことを補強するための時間が不足しているのだ。英語での読書計画や、会話やディベート、プレゼンテーション、英語での映画鑑賞などに充てる時間が全くない。一人でも学べる「座学」で終始してしまっているのが残念だ。

2教育カリキュラム要因2:学級”管理”を重視

先生が黒板の前の教卓に立ち、生徒たちはみんな静かに先生の言うことを聴く…。こんな昔ながらの授業風景から脱することができていないのが、英語を学ぶ環境としてマイナスになっている。「学級管理」と、教室が牢屋と化する境目というのは実は非常にあいまいだと思う。

生徒側からすると、自分だけが目立つことなく、早く授業が終わることだけを祈っている。先生だけが一人で話し、それをみんな良い子になって静かに聞いているのだが、実際に先生の話を真剣に聞いている人はあまりいなかったりする。日本での英語の授業風景は、「泳ぎ方」を毎週教室でレクチャーするようなものだ。

3教育カリキュラム要因3:練習時間の少なさ

日本の学生はたくさんのことを学ぶが、その知識を実践することができない。持論だが、スピーキングに必要なのは情報ではなく、スキルだ。正しいやり方を知っていても、実際にやってみたら「できない」という経験は誰もがしたことがあるだろう(サッカーのテレビゲームは上手いのに、サッカーはできないとか)。英会話というのはまさにこれと同じで、実際に会話してみることが何よりも重要なのだ。知識の詰込みだけではあまり意味がない。

4文化的要因1:無言による「応答」が許される文化

日本は無言でやり通すことが許される文化だ。というより、実際は「話さない」ことを求められる。「波風を立てない」ことをベースに、社会が成り立っているのだ。心の中で本当に思っていることを言葉にする…なんてことをしてほしいと思っている人はいない。まるで人々が本音で話して自由にさせたら、みんなが酒屋を襲う~みたいなことを想像しているみたいだ。これは子どもの頃から刷り込まれること。

僕が日本のある小学校に赴任していた時は、野球コーチが子どもの頭をバットで軽くたたいたり、歴史の先生が子どもの胸をパンチしたり、散髪してこなかった生徒にボディースラムしているのを見た。しかもこれが、「良いしつけ」とされていたから驚きだ。

日本人は自分が権力のある立場なら、シャイになるなんてことはありえない。こういったことを通して、生徒はふざけたり、良くないタイミングで話したり、やりすぎな行動に出ると、大人たちから激怒されることを学ぶのだ。この環境で何年か過ごせば、アウトプットから逃げようとするようになるのも理解できる。

5文化的要因2:英語が「必要不可欠」だと思っていない

日本人はそもそも、英語は「選択肢」だと思っている。「必要不可欠」だと感じている人は少ない。日本では、どこもかしこも全てが「日本語表記」だからだ。日本にいるほとんどの人が「日本人」に見える。それはまるで、日本以外に他の国が存在しないかのようだ(テレビ以外では)。日本人が英語を使わなくちゃいけない機会に接する確率は、日本でそろばんが必要になる確率と同じ…だと思っているようである。

僕は最近、大学で英語を専攻したいといっている学生と話す機会があった。英語を学んでどう使いたいのかを尋ねたところ、「英語を使う仕事はしない」とか、「外国人の友達が欲しい」程度の理由でしかなくて、薄っぺらい理由しか持っていないようだった。これではまるで、穏やかで面白い趣味である。

これは母国のバーで出会った日本人しか知らない外国人には想像できないだろう。「英語を学ぶ」ことを選択して海外にいる日本人とは違って、大抵の日本人にとって「英語は必要ないモノ」なわけだ。

毎日洗濯すること?これのほうが優先事項で、英語なんていつでも後で学べると思っているのである。

 

終わりに
いかがでしょうか。さすがに学校の体罰のくだりは、そんなバカなwと思いましたが、彼の言いたいこともわかるような気がします。要するに、「出る杭は打たれる」が言いたいのかなと。


持論では、日本人が英語を喋れない理由として、英語を学ぶこと自体が日本の文化に合っていないのではないかと思います。実際に英語が話せたり、英語が好き!という人は海外に行ってしまう人が多いわけで、そのなかには「日本が合わない」、「日本が窮屈だ」という理由があったりもするのかと…。

要するに、英語を本当に話せるようになった人は変わった人が多い。ある意味で、“日本のスタンダード”からズレちゃっている人が多いような気がします。そうなると、日本で当たり前に、普通に周りに合わせられて、周りと同じようにして生きていられる人が「英語なんて必要ない」と思うのはすごく自然なこと。これを無理矢理「英語は必要」だとか、国際化だなんだと言って、英語を話せるように強制することに違和感を感じます。

さて、あなたはなぜ日本人は英語が喋れないと思いますか?コメント欄で教えてください。

参照:japaneseruleof7


24 コメント

  1. もししいろい先生のブログをちゃんと読んだとしたら、彼はガイジン扱いにされず、皆と同様にちゃんと苗字で呼ばれたがっているのを分かるでしょう。相手が少数者だからといって、勝手に下の名前で呼んでいいというわけはないんですね。

  2. 一番の理由は日本人はプライドが高く(勿論良い意味で)日本語に誇りを持っているからだと思う。
    勿論横文字も好きだがそれは憧れや少なからず欧州等に対しての劣等感があるからだと思う。

    日本で日本語以外が第一公用語になる時それはどこかの属国になった時だろう…

    英語の時間を増やすのも大切かもしれないがまず正しい日本語を学ばなければならないのが今の問題…

  3. 1 教育カリキュラム要因1:授業補強時間の少なさ⇒
    その通り。使う場所がない。
    2 教育カリキュラム要因2:学級”管理”を重視⇒
    教室が牢屋は良い表現。
    3 教育カリキュラム要因3:練習時間の少なさ⇒
    実際に会話する場所がない。
    4 文化的要因1:無言による「応答」が許される文化⇒
    元国務長官キッシンジャーが海外で言ってました。”Japanese culture does not allow to say directly”
    5 文化的要因2:英語が「必要不可欠」だと思っている⇒
    生活上は英語は必要ないね。仕事上は専門知識が必要。
    ———————————————–
    基本的に日本人はPassive でありActiveではありません。気軽に声をかけたりすることは希であり英語又は外国語を勉強しても使えないだけだが高校の英語の単語を見ても通常、米英で使わない単語が沢山あり全くナンセンス。中学生レベルになったら興味を誘う現地の新聞記事を教材に使えばよい。更に発音にイントネーションがなくアコースティックに聞きにくいのでここから是正しないと。更に外国人の講師は基本的に本国でPedagogyを学んでいないので教える資格はないはず。申し訳ないが道ばたで拾ってきた外国人ではないですか。しかしおかしな社会で立派な日本語があるのに次から次への英語の単語を取り入れているし、町の看板でもアルファベットが多く、何かしらコンプレックスがあるでしょう。英 語又は外国語を学ぶには幼稚園で外国の子供たちと遊ぶことでしょう。実際にジュネーブの幼稚園ではその様な光景が見えます。覚えるのも早いが忘れるのも早いが感覚は覚えますが場所によっては差別が始まります。

  4. >英語を学ぶこと自体が日本の文化に合っていない

    今まで、「何故日本人は英語を話せないのか」という事について、百家争鳴という感じで色々聞きましたが、これほど腑に落ちる答えを聞いたことがありません。それを言っちゃあおしめいよ、な答えかもしれませんが、誠に納得出来ます。日本人が英語を話せるようになるためには、それこそ文化革命みたいな事をしなくてはならないかもしれないけど、そもそも当の日本人がそんな事を少しも望んでいない。そこまでは望んでいないけど、「少しは話せるようになりたい」「何をしたいわけでもないけど、ペラペラになればカッコよさそう」みたいな漠然とした動機が多いのかもしれません。

    記事の中で、多くの日本人にとって英語は「穏やかで面白い趣味」程度の重要性しかないと指摘されていますが、私自身も「英語、話せると便利だろうなぁ。でも、毎日使うわけでもないし、生活に絶対に必要不可欠でもないし・・・」ぐらいしか考えていません。英語が出来れば世界が広がる、英語が出来ればもっと条件のいい仕事が出来る、と聞けば、それはその通りなんだろうけど、そこに至るまでに予想される茨の道を踏み越えてまで行く強い動機がありません。別に外国の人と関わる生活もしていないし、関わりたいという意思があるわけでもありません(別に毛嫌いしているわけではなく、そもそも自分の日頃の暮らしの中にそういう要素がないので、自分の身に関わるリアルな事柄として発想しないのです)。

    只、Ken Seeroiさんの指摘全体に関しては、「そうかもしれないし、そうでないかもしれないし、これで全てを説明するのは無理がある」としか感じませんでした。

  5. ふーん、で、この元日本在住英語教師とやらは日本語ができたの?
    わざわざ日本に来たのだから日本語程度できるでしょ?と聞くと、なぜか回答をはぐらかすのが外人

    今まで英語教師とやらには何十人も会ってきたが、日常会話すらできない外人ばかりだった
    こいつら本当に日本に何しに来たんだよ
    まさしくその英語教師共が「薄っぺらい理由しか持っていないようだった」人間そのまま

  6. 必要性が無いからじゃないですかね。
    日本国内に住むだけなら困らないですからね。あと、EngrishとかJapanishとか言われるの真に受け過ぎ。
    他言語の国の人で英語の発音が酷い人なんて一杯いますよ。英語話したいなら気にせず話せば良いと思います。
    私が英語を話せる様になりたいと思ったのは、伝わる言語が有るか無しかが、自分の仕事と趣味に大きく影響するものだったから。職業上必要な人は必需にした方が良いと思います。
    でも話せた方が良いとは思いますが「日本語だけで良い」と考えてる人はそれで良いと思います。
    何処の国でもそう言う方はいらっしゃいます。他人がとやかく言うことではないです。

  7. 5番の回答がどんぴしゃりだと思います。日本では英語が要らないのだから、どうして必死に勉強する必要がありましょうか?私の友人は海外で物のセールスをするとき、高いお金を払っても良い通訳者を雇っています。英語を話す事が仕事なのではなくて、売るのが仕事です。売れるのなら、自分がせっせと英語を勉強するより、さっさとレベルの高い。。つまり自分の代わりにうまく交渉してくれるような通訳者をたとえ高額でも雇うそうです。金でケリがつくのなら、英語勉強へのモチベーションが下がるのでしょう。

    • そうやって必要な度に通訳雇って、金でケリをつけていたフランス在住30年以上の老夫婦を知っています。まぁ、本人の自由ですが、傍で見ていてみっともないなーと私は思っちゃいましたね。自分の声や言葉で相手に伝えるのに越したことはないですよ。やはり、いくらいい通訳を雇ったとしても、通訳や翻訳機を通した会話というのは、人間関係に隔たりをつくるものだと思います。

      • 自分の言葉は大事だと思いますが、それはパーティとか友達とのチャットの時での事。ビジネスはまた別ものだと思いますよ。別にその日本人は現地の人たちと交流を図りたいわけではなく、契約を結びたいだけです。通訳がそれをしてくれるのなら、その方がいいでしょう。さて、今の日本にどれだけの人が海外まで出かけて行って交流を図りたい。と、思っているのでしょうか?パスポート所持率が20%と聞いています。日本は安全で快適。海外に興味を失い、仕事では通訳が契約してくれる。そんな中にありながら、苦労して英語を学ぶ。という死活問題的な気持ちが失せるのはしょうがないと思います。

  8. 元日本在住英語教師は多分、国のJETプログラム」の「語学指導等を行う外国青年招致事業(The Japan Exchange and Teaching Programme)のALT(Assistant Language Teacher)で日本に来た人でしょう。巨額の税金が使われています。招聘基準も曖昧で出稼ぎ的な感覚でしょう。契約期間を過ぎると日本にいる方が居心地がよくのちに男性の場合、日本人女性と結婚というパターンが多く、その場合は日本語がある程度出来るでしょう。それよりも巨額の税金を使うなら数万人の日本人英語教師を英語圏に研修させた方がよいと思うね。

  9. マダム・リリー さん2017年7月12日 コメントについて意見を述べさせて頂きます。
    一般的な観光やアテンドの通訳であっても地理、歴史、産業・経済・政治・文化に関する一般常識がないと無理かと思います。フランスでも政府公認ガイド試験があるはずで日本人の場合、狭き門ではないかと思います。登録なしで観光案内はできないはずで多くはもぐりでしょう。商取引であっても貿易の用語など専門性も必要になってくる場合もあり通訳機で検索するようでは意味がないはずです。もっと重要なのは現地に長期にわたって滞在している場合、母国語である適切な日本語の知識があるかどうかでしょう。欧米の言語では一つの単語は広い意味を持っていますが該当する日本語は細分化されて頭の中で理解しても専門知識がないと適切な日本語訳は出来なく、フランス語を交えた説明を聞いて理解することになります。特にフランスの場合はフランスかぶれした自称通訳もおりますので辟易した経験もあります。

  10. >あなたはなぜ日本人は英語が喋れないと思いますか?

    理由は簡単。する必要がないからです。
    英語を勉強しなくても高度な概念や知識を取得することができるからです。私達日本人は、それを日本語という母国語を使って行うことができます。

    例えば、江戸時代より昔は「科学」「哲学」「個人」「経済」「競争」「時間」といった言葉は、日本語に適切な訳語がありませんでした。それぞれの専門分野で出てくる言葉は適切な訳が無かったため、明治維新の時に昔の偉人達がそれを適切だと思われる漢字に当てはめたからです。それは多くの日本人に理解できるようにするためです。

    「自由」「観念」「福祉」「革命」といった用語も従来の漢語に新たな意味が付加されており、これによって多くの日本人が高度な概念や知識というのを知り感じることができます。英語ができなくても数学や物理はできますし、ノーベル賞だってとることができた人もいます。

    母国語が英語ではないけど英語ができる人がたくさんいるフィリピン人の方々は果たして幸せなのかなと思います。(フィリピン人は一例。他にも該当する国はたくさんある)
    彼らは元々「ダグラス語」という現地語がありますが、フィリピンの大学などでは全て英語で教育が行われています。それは「ダグラス語」では高度な概念を学習することができないからです。用語が出ても該当するダグラス後の言葉もなく、自分達の文化についても高度な概念や知識を用いて研究することもできない。
    それは植民地時代であった時に、自分達の言葉を話すことを一切禁じられ、英語を喋ることを強要されました。
    それにより、フィリピンでは自分達の持つダグラス語の発展を妨げられ、英語ができるできないで大きな格差を生むことにも繋がりました。

    私達の持つ日本語は表現がかなり豊かです。なにより漢字を扱える我々日本人は表意文字の恩恵を授かっています。
    職業柄、嫌でも英語を読まなきゃいけない機会もありますが、誰かが最後まで訳して日本語で訳した本を出版してくれるので、それを読んだりすることのほうが多いです。外国の文化などを翻訳して出版するというのも日本文化の一つですね。それだけ日本人は読書が好きで、本をたくさん読むという習慣があるからです。(本じゃなくても何かしらの文章をよく読んでいる)

    ここまで長い文章を書いて、まるで英語を否定しているみたいですが、一個人としては英語を勉強してそれなりに喋れるようになりたいと考えています。きっかけとしてはイギリス人とカナダ人の友達が出来たことがきっかけです。彼らは僕の下手な英語でも聞いてくれます。
    でも一番の繋がりは、お互い同じことを趣味としていて同じ職業であるからこそ、会話ができるのだと思います。でも彼らともっとお話がしたいですし、自分の考えていることをもっと彼らに聞いてもらいたいからです。

  11. 使う機会がない。これにつきます。はっきり言って、日本で住んでいれば喋る必要がないのですから全くもって必要ない。一生懸命勉強したところで、使う必要がないのですから本当は全く時間の無駄ですね。正し、京都なり、外国観光客が多い地域では話せたら仕事がたくさんあるとは思いますが。

  12. 英語を使う仕事はしたい」とか、「外国人の友達が欲しい」程度の理由でしかなくて、薄っぺらい理由しかなかった。
    上記の文章ですが、これのどこが薄っぺらい理由になるのでしょうか?仕事場でのスキルとして必要に迫られて英語を習得することはそんなにも精良なことでしょうか?
    海外へ留学等に行き、現地で英語の環境に飛び込み頑張っている方と、日本の大学で英語を専攻して学んでいる方を差別化しているように見えますが、海外に行かずとも英語を学び話せる様になった方はどういう風にお考えですか?また、留学に行ったが、話せないまま帰って来た方はどうですか?何故海外で勉強している方がより良い、と取れる書き方をするのですか?そこにはそんなに大きな差はありますか?少し感情的な文になってしまい申し訳ありません。

  13. 英語の評論家タイプの人が多いからだと思います。誰かが英語を喋っているのを聞くと、すぐに、あの人の発音はどうで、イントネーションはこうで、ということを心の中で評価する人が凄く多いです。その結果、英語を話す場面に遭遇した人は、他人の(特に日本人の)評価を必要以上に気にしてしまい、思い切って外国人に英語で話し掛けるということが出来なくなり、例え話し掛けても周囲の評価を気にするあまりしどろもどろになってしまう。そのせいで自信を無くして更に話し掛けられなくなる。という悪循環に陥りやすいです。
    これが一番の原因ではないと思いますが、理由の一つではあると思います。

    日本人は他人の評価を気にしすぎ、という意見もあると思いますが、結局評論家タイプの人が多いのでそうなってしまったのではないでしょうか。また、このことは英語だけでなく他のことにも当てはまると感じます。
    英語評論家になるのを多くの人が辞めれば、皆もっとのびのびと英語を話そうとするのではないかと思います。

  14. さて、あなたはなぜ日本人は英語が喋れないと思いますか?

    ->
    普段英語を使用しないし、日本語でも文化的に喋る、話さない、語らない人が多いからではないでしょうか。

    《喋る》のは一方通行又は低価値情報を言うだけですの誰でもできそうですが、そうすると馬鹿っぽいですね。

    《話す》のは双方向の高価値情報交換で抽象概念の検討時にはよく話しますが、最終的に文章化することが多く、結局最終的に話す事は余り無いです。更に日本にいるとこの作業は日本語の方が効率がいいです。

    他にも、語ったり等ありますが日本にいると
    日本語で行うのが効率的です。

    結局日本で生活や仕事をする上で《英語を喋る》事は非効率で不要なので誰もしゃべらないのだと思います。

  15. 皆さん言い尽くしているので補足的ですが、、、

    中学の英語教科書でサンシャイン(開隆堂出版)が広汎に採用されていますが、お読みになったことがあるでしょうか。
    非常に良くない構成になっています。その準拠で全国の学習塾に流されている問題集、ドリルも非常に拙劣です。
    しかも非公開で市販されず毎年細かなくだらないマイナーチェンジを繰り返しています。
    つまりは日本の初等、中等教育の段階で日本人の英語力をつぶしいかかって喰いものにしている産業が歴然と存在しているのが分かります。

    折角中学文法を教えているのに、割り込みで英会話表現を挿入したり。
    Be動詞の構文を教えている最中にまだ理解できていない生徒に、短縮形を要求する設問を外挿している。
    中3で受動態を習うに際して戦争で殺された象の悲しい物語でいきなり軍に殺されたという扇情的な物語にからませている。授業の内容どころか、象に同情して女の子の中には泣き出す者もおります。

    こういう拙劣な教科書を過去の販路と規模のメリットで寡占し続けている開隆堂出版という悪意を見抜いている英語教員も塾講師も多いと思うのですがまったくその声が教科書採択者には届かずかき消されたままなのではないのでしょうか。

  16. かんたんな事ですね。日本という国が国民を大事にしているからです。経済も暮らしも生活環境も全てが安定しているから、どこかの国民の様に、自国を信頼できず、海外へ行って移住依存してまで安定した生活や仕事を探す必要が全く無いからです。全て日本で事足りてしまうからです。

  17. でも今は昔と違い日本では男性が女性(外国人女性は違いますが)に声かけたり、後ろ歩いてたら事案でそれに痴漢冤罪、ストーカー冤罪がその例でいつ巻き込まれるか分からない時代ですから。確かに今までは片言ぐらいに英語しか使ってませんでしたが、最近は自分ももし実名掲載されることに備え積極的してます。日本がもう少し開放的になることも願っています。
    新型痴漢といって見たら痴漢の国みたいですし

  18. 私が中学高校と学校で英語を勉強していた理由は英語が話せるようになるためではなく大学受験に受かるため、一問でも多く問題に答えられるようになるためだったし、教える側にも同じような姿勢が感じられました。大学でも英語の論文が読めれば問題無かったので、これまで英語を話す能力を必要とされる事はありませんでした。
    記事にもあったように日本の英語教育は受け身でインプットばかりというのは事実ですよね。英語を読む力だけ育ててディベートやプレゼンテーションは設けないもしくはあっても時間をかけない。その結果多くの日本人は知識は持っていても話すことのできない頭でっかちになってしまったんですかね。
    こうなった理由は皆さんが仰るように日本にいる限り日本人に英語を話すという行為は必要ないからなんだと思います。

    私の周りには英語を話す仕事がしたいだとか外国人の友達が欲しい、外国人と結婚したいなどの理由で自ら実用的な英語を学びそれを実現した人もいました。
    英語を話すために勉強すれば日本人だって話せるようになれます。
    つまり日本人が英語を話せないのではなく、英語を話せるようになりたいと思って学ぶ日本人がそもそも少ないのだと思います。

    非常に拙い文ですみません。以上が私の経験と感想です。

  19. この記事みると、まるで日本人は全く英語話せないみたいにみえるけど、殆どの国民にとって英語は不要。 それは、日本に限ったことでもない。 でもまあ、外国語が必要な状況に身を置く人はステレオタイプではない、グローバル志向が多いので、日本の社会ではどうしても浮いてしまうのは間違いないと思いました。

  20. 欧州の人を色々見てわかったことは日本人はリスニングで越えられない高い壁があるということです。例えばRとLは日本人は全てラリルレロのラ行に頭の中で変換されるから違いを聞き取るのは難しい。両方聴けば違いはわかるのですがカタカナが邪魔しています。要するにネイティブ言語に音の種類がたくさんあるかないかで難易度が変わり、日本語は圧倒的に音の数が少ないと感じています。聞き取れない音は頭の中で推測するしかないのです。だからいくら頑張っても少ししか聞き取れるようにならないし話せるようにもならないということです。僕が話した日本語を喋れる欧米の人は日本語の音は簡単と言っていました。

  21. わたしたち日本人がもっとも幸せになれるのは日本で生活することなのだと多くの人がそう思っているからだと思います。

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